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 リザルト

●回想_1
 時が流れゆくのを、ただ茫然と見つめる日々。
 それは一種の観劇みたいなもので、つまらない時もあれば面白い時もある。
 私はただ、次のお湯が沸くのを待つ間……それを眺めていればよいはずだった。
 でも。
 そんな時間は、たった1人の演者によって少しだけ変わったのだ。
「ねぇねぇ、何飲んでるの~?」


●民衆の避難_1
「ヌオォォオォォォ……」
 遠くから不気味な唸り声が、山彦のように聞こえてくる。
「やれやれ、どうやらわしらはとんでもない時代に立ち会っちまったようじゃのう……」
 その様子を遠くズール低地から見つめる【ワイアット・R・ジェニアス】の瞳には、白く光り輝いた巨体が立ち上がる姿が映っていた。
 これまで52年、冒険者として各地を旅し、それなりの経験は積んできたワイアットでも、これほどまでに異様な事態に遭遇したことは無かった。
「もう老い先短いというに……まったく」
「ちょっとおじいちゃん! 何弱気な事言ってるのよ!?」
 そんな主人の様子にスレイブの【クーサモラエスクワックェルクランドーム】が鼓舞する様に声をかける。
「なぁに。わしの事は心配するでないクーよ。やる事は決まっとるからのう」
 彼は光の巨人から目を離すと振り返る。
 彼等がいるズール低地は肥沃で豊かな緑が溢れる大地だ。
 通常なら遠くに聳え立つ山々の麓まで見渡せてしまえそうなほど開けたこの場所には今、7つの大型飛空艇が鎮座していた。
 これだけの巨大な物を、7カ国から成る【英雄連盟レーヴァテイン】が連盟に属する国家の総力を結集し、この短期間に創り上げた事は称賛に値するものであろう。
 ではこの船は何なのか。その答えは単純で、これらは人々を空の世界へと、未来へと運ぶための輸送船であった。
「どんな世界だろうが生きていれば未来はある。クー、お前にもな。だからお前は先に船の中で寝て待っとれ。目が覚める頃には、きっと全部終わっとるからな」
 そう言ってワイアットはクーの頭をくしゃくしゃと撫でる。だが普段しているこの行動に、別な意味が込められている事に気づけないクーではない。
 クーは撫でる手を振り払うと細身の体で、精一杯ワイアットを抱きしめる。
「おじいちゃんは何時だって殺しても死なないような冒険者だったじゃない。私はおじいちゃんに……ワイアットにどこまでだってお供するって決めてるんだから!! ……だから言ってよ、一緒に来い、って!」
 クーの頬を伝う雫に、ワイアットは笑みをこぼした。
「やれやれ、困った孫娘じゃわい……」
 それなら、と彼は続ける。
「わしは他の者達の未来の為に、一人でも多く助けにいかにゃならん! 着いて来てくれるかのう、クーサモラエスクワックェルクランドーム?」 
「ふふっ……ちゃんと私の名前……覚えてくれてるじゃない」
 頷く彼女を見て、生き残る覚悟を決めたワイアットは、クーと共に民衆を船へと向けて誘導するために町の方へと走り出す。

~~~

 その頃、英雄連盟に属するとある村では、【羽奈瀬(はなせ) カイ】が、避難誘導を行っていた。
「はーい皆さん、慌てずに避難して下さいねー」
「カイ様。もう少々ヤル気のある声かけを行ってください」
「了解ー。スマンな【アリア】」
 自身のスレイブの苦言もそこそこに聞き流し、カイは村に設置されているクリスタル水晶を見やる。
「この世界に生きる全ての人々に、生命(いのち)に告げる。誘導に従い直ちに避難してほしい」
 それには魔法によって映し出された映像が投影され、どこかの国のお偉いさんがかわりばんこに避難指示を呼びかけていた。恐らくは船の中からの放送であろう。その背後には沢山の人々が行き交っていた。
「全ての命、か……」
 英雄連盟は、帝都ディナリウムにて皇帝マクシミリアンが神下ろしの声明を発表した直後から、他の国々へ内密に空への脱出計画に関する連絡を送っていた。
 それは人間の統治する場所に限らず、ケンタウロスや妖精といった異種族の統治する国家にも向けられた、武神【マリア=フラジャイル】からのメッセージ。
 だが、その共存の申し入れを受け入れた種族は極端に少ない。
「人々は魔石の力を引き出し更なる技術を得て、種族として大きな変化を遂げた。その結果がこれ……」
 避難の指示に従ったのは、ヒューマンを中心とした魔石による恩恵を受けてきた民族ばかり。
 この世界に生きる何百何千という種族は、崩壊の危機に瀕してなお、魔石技術の結晶である飛空艇には頼ろうとしないのだ。
 目の前に開いた地面の亀裂を見下ろしながら、カイは思案を続ける。
「死人の力に頼る位なら死んだ方がマシ、か」
「カイ様?」
「ねぇアリア。真実を知らない方が、人は幸せだったりするか?」
「それはその真実を知った場合、知った者にとってどのような意義が生じるかにもよるでしょうが……」
 コホン、と咳払いをすると彼女は続ける。
「最終的に各々が納得のいく結論を導けるかどうかが重要です。ただ少なくとも、死んでしまうのは結論としてあまり利巧とは言えないでしょう」
「……なるほど」
 カイはアリアを暫し見つめる。
「なんでしょう?」
「いや、流石にこの亀裂から落ちたら危なそうだなーと思って」
「危なそうではなく死にます。ふざけないで下さい」
「はははは。そうか、なら止めるとしよう」
 まるで生の人間であるようなアリアとの掛け合いに、カイは楽しそうに笑うと、再び避難誘導の声かけを行うのであった。

~~~

 ズール低地、7つの飛空艇が1つ【ミルティアイ】の側では、【ゆう】がスレイブの【カイリ】と共に避難誘導を行っていた。
「もうダメだ……世界は終わりだ……」
「そんなことないです! 立ってください! この唱(うた)が聞こえませんか?!」
 頭を垂れる若者に激を入れるカイリ。
 彼女は老人の介助や声かけを中心に行い、バードであるゆうは人々を勇気づけるため力一杯に唱を歌い続ける。
「この唱、切ないけれど、何だか優しい……」
 若者の顔に少しずつ生気が、生きる希望が戻ってくる。
「さぁ、立ち上がる勇気が湧いたなら、その気持ちを他の方にも分けてあげて下さい」
「ああ!」
 カイリの言葉に奮起した若者もまた、彼女同様他の避難民の手伝いに向かっていく。
(頭が……痛い……!)
 だがその一方で、この事態に誰よりも早く駆けつけ謳い続けたゆうの消耗も激しい。 
自身の限界が近づく中、それと引き換えかのように失っていた記憶の欠片が脳内で組み合わせっていく……。
(誰かの為に、そう思ってやってきた。でもすれ違いから力を暴走させ故郷の人々を傷つけてしまった……そんな自分が許せなくて飛び出した先で、カイリを見つけた……)
 誰かのための唱を奏でながら、ゆうはカイリを見やる。
 廃棄寸前であった彼女を拾ったのは、ただの罪滅ぼしでしかなくて。
 誰かに赦されたかっただけなのかもしれない。
「畜生! もうやってられっか!」
「そこのあなた! 止めなさい!」
 そんな時、ゆうの能力が低下したからか避難中の男の1人が暴れ出した。
 カイリが止めに入るものの、やり場のない絶望を前に男は暴力を振りかざす。
「うるせぇこの女(あま)!」
「つっ!?」
「カイリ!!」
 ゆうが叫ぶも、この距離では間に合わない。目を瞑るカイリ。
 だが、彼女を狙う拳はすんでの所で受け止められる。
「取り敢えず……殴るって事は、殴られる覚悟くらいあるわよね?」
【蛇神 御影(へびがみ みかげ)】は、淡々とそう告げると、拳を受け止めたのとは逆の手で男の顔を殴りつける。結果として推定3m程、男は空を舞った。
「あわわわ……マスター! そんなに勢いよくやっちゃったらダメですよぉ~?!」
 そう言うと御影のスレイブである【陽菜(はるな)】は、吹き飛ばされた男に駆け寄り安否確認を行う。
 気は失っているがどうやら無事らしい。
「カイリを助けてくれて……その……すまない」
 ゆうは御影のもとへ来ると、俯き気味にそう呟く。
「そこは、『すまない』じゃなくて、『ありがとう』って……言えば良いんですよ」
 カイリはゆうの隣に並び立つと、改めて御影に礼を述べる。
「良いのよ別に。私、力には多少自信があるから。ま、本当にぶん殴りたいのはアイツだけどね」
 御影の指さす先には、ゆっくりとこちらへ接近する光の巨人が視認できた。
「でもそっちは他の人に任せるわ。私はここで、私に出来る事をするだけ」
 御影はそういうと、武器であるグローブをはめなおす。
「行くわよ陽菜。次はどっち?」
「はぁいマスター! あちらに地面の亀裂が発生して船の方まで来られない皆様がいらっしゃいます!」
「ふーん。なら亀裂を飛び越えてからこっち側に投げ飛ばせば良いだけね」
「うぅ……手加減だけは忘れないで下さいよ~?」
 風に黒髪を靡かせながらスタスタと歩いていく御影に、置いて行かれぬ様パタパタと続く陽菜。
 2人は性格的にまるで正反対ではあるものの、姉妹のように息の合ったコンビネーションで次々と目の前の人々に手を差し伸べる。
 そんな2人の背中を見つめながら、ゆうはカイリに問いかける。
「カイリ……オレはずっと悔やんでたんだ。オレが生きていると誰かが傷つくから。オレが頑張ると誰かに苦労をかけるから……。だから全てを捨てたんだ」
 カイリはただ黙って、ゆうの独白を真剣に受け止めていた。
「なのに……オレがどんなに消えようとしても、傷つく人は居なくならない……それがたまらなく嫌なんだ! オレは、オレは唯っ……!!」
 泣き崩れ膝をついたゆうを、支えるようにカイリは思い切り抱きしめる。
 胸に抱いた主人の耳元で、彼女もまた受け止めた想いに答え始めた。
「ゆう、起きてしまった事を覆すことは私達には出来ません。ですが……だけどゆう、過去を受け止めてもう一度歩み出すことは出来るはずよ」
 カイリの紡ぐ言葉は、まっすぐにゆうへと注がれる。
「きっとこの先も、また辛いことがあると思う。でも私は貴方の強さを知ってる! 苦しくても立ち上がろうとする貴方を、こうしてずっと側で支えていきたいと思ってる! だからお願い……私が大切に想う貴方を赦してあげて? 過去を赦すのも、同じ失敗に怯えるのも、それでも誰かを助けたいと願うのも……。貴方自身にしか出来ない事なんだから……」
 数分の間、2人は互いの涙を、温もりを共有する。
 次にゆうが顔を上げた時、そこにはこれまで失われていた柔らかな笑みが浮かべられていた。
 自分が例えどのような存在であろうとも、信じて支えてくれる人がこんなにも近くにいるのだから。
「……ありがとう、カイリ」
 自身の呪縛を解く赦しの祝詞(のりと)を唱えたゆうは、先程までの疲れも吹き飛んだかのように高らかな歌声を響かせる。
 先程よりも希望に満ち満ちたその唱は、民衆達へ確かな希望を与えていた。
 それは、例えこの声が枯れようとも大切な人達を助けたい! と、そんな想いが伝わるような歌声であったからであろう。
 その歌声に勇気をもらったカイリもまた、人々を助けるため、御影達の手伝いへと駆け出すのであった。



●回想_2
 ある日を境に、私の観劇はその意味を変えた。
 事態を引き起こした時の狭間を覗く不思議な力の持ち主は、その名をマリアと言った。
「でね~、そしたらドラゴンのおじちゃんがさぁ~!」
 マリアという少女は毎日の出来事を事細かに話してくれる。
 それは何千年という時間から見ればちっぽけなものでしかなかったが、そこにどれだけの物語が込められているかを私に気づかせてくれていた。
「だけどね、皆はそういうのにあんまり近づいちゃいけません! って言うの。神様は理解を超えた異形? だからダメなんだって」
 マリアはう~ん、と考え込むと私を見つめる。
「あれれ? じゃあアタシ、【ナナシー】とも仲良くしちゃダメなのかな?」



●マクシミリアン弱体化_1
 英雄連盟の呼びかけに応えた冒険者達の多くは、各国の軍と協力し世界各地から人々を船へと導いていた。
 だが、全ての命を救うと謳った彼等も手を出さなかった国がある。
 それは帝都ディナリウム。かつての世界最大国にして侵略国家だ。
 連盟としては、ディナリウムに属する大半の善良な市民は、一部の冒険者とそれに協力した人々の手によって既に町から逃れているし、そもそもこの異常事態を引き起こした存在であるのだからこれ以上施せるものはないというのが理由らしい。
 大人であれば、これはある程度理解を示せる理屈であろう。
 だが若干7歳である少女【スターリー】に、そういった理解を求める方が酷というものだ。
 彼女は今、既に魔石の光に飲み込まれた帝都の第二都市【ディヘナ】を近くの丘から見下ろしていた。
「あーこれ完全に町の中アウトだ―。すごいね~」
 その言葉は生まれ故郷の変貌っぷりに対する悲哀ではなく、純粋過ぎる事実認識から発せられていた。
 結論から言えば、魔石の光に飲まれた人々が凶暴なストレンジャーと化し、同じく光に飲まれたゴブリンやオークと血みどろの殺し合いを繰り広げている。
 国の発展という栄誉を象徴するはずのディナリウム第二の都市は、その栄光の歴史に赤い終止符を塗り固められていく。
「なんて悲惨な……」
【クロスト・ウォルフ】がそう呟く横で、彼の相棒である【シルキィ】がぎゅっと握りしめる手に力を込めた。
「確かにあんまり見ていて気持ちいいもんじゃないな……」
【是呂(ぜろ)】も白い光に包まれた地獄絵図のようなこの光景にそう感想を漏らした。
「でも、もしこんな状況で俺達が魔石をぶっ壊せたら、一躍有名になっちゃいますなぁ~? くっくっくっ」
 そんな中一行の暗い雰囲気を吹き飛ばすように【レイ・ヘルメス】が皆に声をかける。
「壊せたらの話なのです。全く、レイにぃは皮算用が過ぎるのですよっ!」
「へーへー。そいつは申し訳ないこって!」
 レイは自身のスレイブである【アン・ヘルメス】にそうつっこまれると、おどけた様子で返してみせる。
 今この場に集まっているのは、4組8人という心もとない人数でしかない。
 だがそんな状況で、1人でもこうして前向きな人間がいることには大きな意義があった。
「ははは。そうですね、この戦いを終わらせて平和を取り戻した者として有名になるとしましょうか」
 クロストはかけている眼鏡を指で直すと、一歩前に出て眼下を見下ろす。
 この中で最も戦闘経験の多い彼がリーダー的役割を担っていた。
「俺達の目的は町の中心部、白亜の塔最上部にあると言われる魔石の結晶を破壊し、マクシミリアン皇帝の神下ろしを中断させること。まずは何とかして塔に辿り着く方法を考えましょう」
「それならわたしに任せて! 裏道を通ればきっと大丈夫だと思うから!」
 スターリーが元気に腕を挙げる。
 ディヘナにて生まれ、孤児としてスレイブの【アインス】と2人きりで過ごしてきた彼女にとって、この町の明るい所も暗い所も自分の庭と言えるようなものなのであろう。
 アインスも黙ってうなずいている。
「分かりました。恐らく塔では魔石を守護する存在が待ち受けているはず……。道中は消耗を避けたいところですね」
「はいはいー! それもわたしに任せて! 皆が疲れないで済むように、わたしの魔法でぜーんぶ解決しちゃうんだから!」
 えっへんと胸を張る彼女であったが、今度はアインスに制止される。
「えー!? なんでなんで~?」
 魔法の才に恵まれていると言っても、まだまだ子供の彼女の辞書に『温存』や『調整』という言葉は皆無だ。
 彼女のザル管理な魔力放出を調整する大変さは、寡黙なアインスの表情からでさえもうっすら読み取れた。
「なら援護は俺達が引き受けよう。2人ともチェスが好きでね、そういう配分には自信があるつもりだぜ?」
 今度はレイとアンが名乗りを上げる。
「オッケー。なら俺はナイトとしてお前さん達の護衛にまわるとしようか」
「ありがとうございます、レイさん、是呂さん。俺は回復が得意ですから、怪我した時にはすぐに声をかけて下さいね」
 こうして役割分担を決めた一行は、一斉にジョブレゾナンスを行う。
「さ、今回も頼むよ。親愛なる相棒(シルキィ)?」
「任せてクロスト!」
「行くぞ【零鈴(れいりん)】。借金を返し終えるまでは、世界が失われちゃ困るからな!」
「もう、マスターったら! こんな時くらい借金の事は忘れるの!」
「このゲーム、勝てるよな? アン」
「当然でしょ! 私とレイにぃが本気で勝ちに行くんだもの!」
「よ~し。わたしがイケてるメイジだってところ、世界に見せつけちゃうんだからね!」
「……調子に……乗らない」
 魔石の光にも負けない輝きを纏った4組の冒険者達は、スターリーを先頭にディヘナへと突入する!



●回想_3
 周囲にどれだけ反対されようと、マリアはここへやってきた。
 ちょっと抜けてはいるものの、一生懸命に武神として与えられた役割をこなす彼女。
 彼女はその世界において、神々と人類の懸け橋となりつつあった。
「ねぇナナシー……アタシ、どうしたらいいのかなぁ……」
 だがこの日、マリアは似つかわしくない悲しそうな声でそう語り掛けてきた。
 理由は単純な話で。
 今、彼女の演じる劇が、役割が、唐突に終幕を迎えようとしていたからだ。 
 スローベイン博士の発見した魔石技術は、スレイブという存在を生み出した。
 だがその代償として、自然界に不可思議な現象を生じさせたのだ。
 魔石の光に触れた生命は、次々に化物へと変貌していく。
「アタシ、聞こえるんだ。魔石に宿っている死んだ人の魂の声……。皆、苦しそうだった……。大人たちに聞いたらさ、そういう魂をこの世界に留めておくのはいけない事なんだって」
 それは武神として人間を超える彼女の力以上に、多くの神々から畏怖されていた禁断の力。
「だからそんな力に手を染めた人類を、ドラゴンのおじちゃんも妖精のおば……おねえさんも、助けてくれないんだって。ケチだよね~」
 ぷーと頬を膨らませて見せるも、やはり普段の元気さは感じられない。
 そしてマリアは話を続ける。
 皇帝マクシミリアンが魔石を使い、異形へと変貌しようとしている事を。
「アタシね、よく分かんないけど、皆が泣いてるのが嫌なんだー。人間も、神様も……。だからさ、行ってくるね! 終わったら、またお茶飲ませてねっ!」



●マクシミリアンとの戦闘_1
 英雄連盟が計画した、空への脱出。
 そのための最大の障害、それは化物であるマクシミリアン皇帝の存在であった。
 現在の避難状況から鑑みて、例え船に全ての人々が避難することが出来たとしてもだ。
 このまま侵攻されてしまえば間違いなく7つの箱舟は空へ飛び立つ前に破壊されてしまうのだろう。
 しかし各国の軍は民衆の避難を進める事に手が一杯で、対応に回ることが出来ないでいた。
 そのため、必然的にこの化物を止めるという最も忌避される任務は、有志で集まった冒険者達に任される形となっていた。
「このような形になってしまって……本当に、君達には頭が上がらないな。すまない」
 元ディナリウム軍の将校【ディオニソス】はそう言って深々と頭を下げた。
「顔を上げてくれ。僕達は僕達の意志でここに集ったんだ。そうだよね、皆?」
 ピンクの髪を靡かせて、【コ―ディアス】が共に戦う冒険者達へと問いかける。
「当然だ。俺は奴をぶち殺したい、だから動く。……それだけだ」
「ジーン様、先日のようなお怪我だけはなさりませんよう。私(わたくし)、もう仲間が傷つく姿は見たくありませんわ」
 コ―ディアスに答えつつ愛用のミドルソードの感覚を確かめる【ジーン・ズァエール】に、【アンネッラ・エレーヒャ】が声をかけた。
 彼等3人は、先日の神下ろしが行われたディナリウムに居合わせており、特に皇帝が人間としての最期を迎える直前に彼に会っていた、コ―ディアスとアンネッラには思うところがあるようであった。
「本当はあの時、僕達が皇帝を止められていればこんな事にはならなかったんだろうけど……」
「そうですわね。まさかマクシミリアン様がこのようなお姿になるなんて……」
 俯く2人。それを励まそうとするのは【宮川 奏介(みやがわ そうすけ)】だ。
「なぁ~に気にしなさんな。なにがどうなってるかはよく分からんが、あの化物を止められればそれでいんだろう?」
 それに【星野 秀忠(ほしの ひでただ)】も続く。
「ですね。ならば後は止めるために、私も全力を尽くすとしましょう」
 前向きな姿勢の冒険者達の言葉にディオニソスは改めて覚悟を深める。
「今回は私も前線に参加しよう。どこまで出来るかは分からないが、足手まといにはならないつもりだ」
「だがディオニソス。あんたスレイブは? あれは魔石の光なんだろう? であればスレイブの補助もなくあれに当たり過ぎれば、最悪奴の仲間になってしまうんじゃないのか?」
「大丈夫~。そのおじさんは耐性があるからね~」
 冒険者【デミア】の問いかけに、どこからか飛んできた【マリア=フラジャイル】が代わりに返答した。
「マリア、どこに行ってたんだ? というかおじさんって……」
「にゃはは~。ちょっと未来を創りにね!」
「未来を創るの意味も良く分からんが……取り敢えず耐性とはどういう事だ?」
 デミアは次にマリアに問いかける。
「そのまんまだよ? 魔石の光を浴びても変質することなく、それを力に出来るんだよ~」
「ふ~ん。つまりはディオニソスはんには不思議な能力がある、そういうことやんね?」
 話を聞いていた【エルヴァイレント・フルテ】が考えを述べる。
「まぁ、そんな感じかな? 取り敢えずおじさんは足手まといにはならないから心配しないでねっ」
「おいマリア!?」
 ディオニソスをおちょくるマリアは、まるで親を困らせて喜ぶ子供のようだ。
 微笑ましい光景ではあるが、このままでは世界中からこの光景が失われてしまうだろう。
 一行はどのようにして怪物に立ち向かうか決める必要があった。
「コ―ディアス。俺は奴の頭を狙う。陽動を頼む」
「了解。なら……僕は膝を攻撃しようか。陽動以外にも、膝をつかせることが出来ればジーンさんの移動の助けになるかもしれない」
「なるほど。確かにあれは人型、効率的な作戦ですね。私も協力します」
 コ―ディアスの作戦に星野だけでなく、デミアも協力を表明する。
「ほんなら……うちらは上半身、狙おか。ええかな【アルフォ】?」
「うん。サポートは任せてエルさん」
「決まりやね。ジーンはんの露払いはうちらが引き受けるんよ」
「ほうほう。やる気があって結構結構! さて、俺はバードだからな~、そっち方面にゃ向かないだろうが……お前さん達が力を発揮できるよう精一杯歌い上げるとするさ」
「オッケー、助かるよ宮川さん。さて、後は……」
「コ―ディアス様」
「ん? どうしたのアンネッラさん?」
「私、ここに残らせて頂いても宜しいでしょうか? マクシミリアン様を止めるために……」
 赤縁眼鏡の先に見える、強い決意を秘めた黄金色の瞳。
 これまで幾多の戦いを共に越えてきた仲間だ。
 その瞳が示すように、これが逃げるための言葉でないことなど彼には分かり切っていた。
「分かった。援護宜しくね」
「……はいっ!」
「よ~し。じゃあ、そろそろいこっか?」
 一行の行動が決まったところで、マリアが声をかける。
「今回は沢山味方がいて、アタシもやる気バリバリだもん! 頑張ろうね!」
 こうして彼女が用意した馬車に乗り込み、冒険者達はマクシミリアンの元へと出発する。
 それを見送るように佇むアンネッラの肩に、彼女のスレイブである【トゥルー】は手を置いた。
「良いのね、アンネ?」
「……ええ。必ず、やり切って見せますわ」
 数キロ先にまで迫りつつあるかつての皇帝。
 振り返れば、もう数キロ先には空へと流れようとする希望の箱舟達。
 彼女が残ったこの高台こそ、希望をつなぐための最後の防衛線といえるであろう。




●回想_4
 10度目のお湯が沸いた。
 しかし今日もマリアは来ない。
 だから久しぶりに自分の意志で、小さな時の流れを覗き込む。
 そこでは1人の少女の犠牲と引き換えに、皇帝の存在はうち滅ばされていた。
 だが、その先に少女が望んだ『皆の笑顔』なんていうものは存在することなく。
 人々は魔石技術を発展させ、その分欲に塗れていく。
 そして最期に、1人のダークエルフによって大地は引き裂かれた。
 裂け目から溢れ出す星の中核。そこからは魔石と菌によって腐敗した黒き煙が溢れ出す。
 煙に触れた者はたちまち正気を失い、自身が触れた者を狂わせる感染源と化した。
 後の世で【アビス】と呼ばれる煙から、人々は空へと逃れた。
 そして千年という月日を経て、アビスという絶望は1つ目の竜の姿へと固着する。
 それはマリアに聞かせてもらっていたドラゴンとは違い、とても、歪であった。



●マクシミリアン弱体化_2
「『アイシクル』!」
 ディヘナ中心部、白亜の塔付近。
 スターリーの案内によりほとんど消耗することなく塔へ接近できた一行であったが、ここは中心部ということもあり、戦闘は避けられずにいた。
「今だスターリーさん! レイさんが氷漬けにしたアイツを!」
「は~い! おまかせっ☆」
 スターリーが愛用の杖を思いきり振り下ろす。
 ハートの意匠の真ん中にあしらわれたクリスタルから、飛び出した電撃は身動きの取れないストレンジャーを沈黙させた。
「わーお! わたしの連勝記録こうし~ん!」
「こらっ! 周りを見ろ周りを!」
 間一髪、スターリーに振り下ろされた斧を是呂が大型盾で受け止める。
「わわっ!?」
 周囲の敵に効率よく魔法をばら撒いていたレイが仲間の危機に気づいた。
「ちっ。アン、出力上げてくれ!」
(……よし、いけるよレイにぃ!)
「『マグネット・ロック』!」
 そして是呂が押さえつけている隙をついて、レイが放った魔法がオークの足元に命中する。
「ブオゥ?」
 魔法の光に、一瞬敵の視線が下にそれる。
 次の瞬間、足元の砂や岩石は小さな矢となってオークを貫くのであった。
「ふぅ。助かったレイ! お前さんは大丈夫か?」
「うん、おかげでね! ありがと是呂さん!」
 レイも2人と開いていた距離を詰め、3人は円を組み互いを守るようにして位置取る。
「にしても数が多いな。面倒だ! 節約はしてきたがこのままじゃこちらが先にチェックをかけられる……!」
「大丈夫だ、そろそろ……」
 その時、白亜の塔入り口付近に残っていたストレンジャーが3人の足元まで弾き飛ばされてきた。
「皆さん! こちらへ!」
 見ればクロストが、塔入口の門を開け3人に手招きをしていた。
「来た! お前さん達、走れ! 背中は俺が守る!」
 是呂の号令に、スターリーとレイはクロストが待つ門へと走り出す。
 そんな彼らを逃がすまいと飛び掛かるオークやストレンジャーは、是呂が殿として大盾でいなす。
「今だ! 門を閉めてくれ!」
「ええ!」
 是呂がギリギリ間に合うタイミングでそう叫ぶと、クロストは彼を信じて全力で門を閉める。
 3人が中へと入り切った瞬間閉じられた門は、後に続く狂人達の侵入を遮るのであった。
「皆さん、敵を引き付けて下さりありがとうございます。今、癒しますね」
 そう言うと、クロストは『ホーリーサンクチュアリ』を発動する。
 地面に浮かび上がった魔方陣は、ゆっくりと、だが確実に3人の傷を沈めていく……。
「何とか第一段階クリア、ってところか?」
「ま、そんなところだろう」
 レイと是呂がそう息をつくのも束の間、白亜の塔の門が強い衝撃を受けて大きな音を立てる。
「う~ん。お外にいる人たちが、こっちに入りたがってるみたいだね」
 スターリーの言う通り、門の外からは理性のないうめき声が聞こえてくる。
 しかし流石神の手の本拠地と言ったところだろうか。
 門は頑丈で暫くはその衝撃を受け止めてくれるだろう。
 だがもしこの門が決壊すれば……。
「俺達は塔の頂上で挟み撃ち、か……。後ろを取られるとは、チェスで言えば最悪の展開だな」
 戦略を組み立てるのは得意なレイも、これだけ駒とマスのないゲームでは打つ手がなかった。
「なら俺が残ろう。元々防衛が専門だからな。お前さん達の時間稼ぎにはなれるだろう」
「そだ! 私にいい考えがあるよ!」
 動き出そうとした是呂を制する様に、スターリーが立ち上がる。
「スターリーさん、一体どんな作戦が?」
 問いかけるクロストに、小さな魔法少女は満面の笑みで答える。
「ひ~み~つ☆ 大丈夫! ディヘナ育ちだから分かる秘密の作戦だよっ!」
 効力を終えた魔法陣が、徐々に光を失い始める。
 皇帝との決戦に向かった仲間達の為にも、これ以上時間をかける訳にも行かなかった。
 決断を迫られるクロスト。
「……分かりました」
(クロスト!?)
「大丈夫だよ、シルキィ。スターリーさんはここまできちんと俺達を導いてくれた。だから俺は、もう一度彼女を信じる。皆さんも良いですか?」
 彼の言葉に、自身の武器に溶け合うシルキィも、是呂とレイも頷いた。
「ありがとうございます。ではスターリーさん、ここを頼みます。全部終わらせたら……必ず迎えに来ます」
「私の方が先に助けにいっちゃうかもね? ふふっ」
 こうしてスターリーを1人残し、3人は塔を登り始める。
 それを見届けたスターリーは、門の音が収まったタイミングを見計らって門を開ける。
「う~んしょ、っと!」
 外に出て再び門を閉める彼女の前には、血に飢えた狂人たちが数えきれないほど群がってきていた。
「もう。皆、オイタはいけないんだよ!」
 彼女は花のケープを脱ぎ捨てる。すると小さな可愛い尻尾が姿を見せた。
(作戦……ない……)
「えへへ。まぁね」
 パートナーに嘘は通じない。あっさりとスターリーはそれを認めた。
「ねぇ、聞いてくれるアインス?」
(……ええ)
「ありがと。もしさ、世界が亀裂に飲まれて私達が死んじゃってもさ。わたし、生まれ変わってアインスとまた一緒に居れたらいいなって思うの。お互いを忘れちゃってるかもしれないけど、きっとまた、仲良くなれると思うから!」
(……)
 アインスの返答にスターリーは少し驚いた様子を浮かべたが、それはすぐに笑顔へと変わる。
「よ~し、じゃあ全力いくよ~……『ミスフォーチュン』!」
 渾身の魔力を込めた彼女が召喚したのは黒き死神。
 一騎当千の力を秘めた死神の鎌は、狂人達の不運となって襲い掛かる。



●回想_5
 竜は人類を蹂躙した。
 やっと逃れた空から絶望の海へ突き落される人々。
 肉体はアビスによって腐り、残された魂は絶望を取り込み石となる。
「こんな鉱石が無かったら……」
 そう思った。そんな時、視野に温かな光が映る。
 視線を送れば、残された最後の一隻に集う人々の中に絶望と戦う者達がいた。
 彼等が握りしめた鉱石は、美しき山吹の光を放っていたのだ。
「あぁ、そっか……鉱石が悪いんじゃない……マリアには……一緒に戦ってくれる仲間が必要だったんだ……」
 そして私は、禁を犯した。
 それは気軽に時空の壁を超えてきた少女の為に。
 時空を巻き戻し、絶望に沈みゆく魂の残火を掬い上げ。
「例えそれが、滅亡を招く力だとしても……星降る夜に、あの子に友達が出来ますように」



●マクシミリアンとの戦闘_2
「行くよ、皆!」
 コ―ディアスを先頭に、駆け付けた冒険者達はジョブレゾナンスを行うと一斉にマクシミリアンへと突撃する。
「ボウケンシャ……邪魔ヲスルナァァァァ!!!」
「各自散開! 作戦通りに!」
 叩きつけられた右の掌底を一行は左右に分かれ回避する。
 これは移動中の車内で決められていた行動であった。

~~~

「ねぇマリア。キミは以前の歴史で奴と戦った事があるんでしょ? 何か弱点があったりしないの?」
「弱点、か~……今は、ないかなぁ~……」
 弱点がない!? 自身への返答に驚くコ―ディアス。
「見た感じね、皇帝の中に魔石が埋め込まれてるの。正面から見てだいたい首の付け根辺りね」
 輝きは強く他の者には確認が出来ないが、そこだけ光が違うと彼女は言う。
「ただ神下ろしが成功しちゃってるから、その魔石を破壊出来たとしても再生されちゃうかも……」
「へぇ」
 しかし先程までの驚きはどこ吹く風。
 コ―ディアスは笑みを浮かべる。
「なら簡単だよ。ディヘナの魔石は他の冒険者がきっと破壊してくれる。だから僕達は首元に埋め込まれた魔石を破壊する。それで充分さ」

~~~

 左側に飛びのいたのは、コ―ディアスとデミア。
 2人ともスレイブの【ルゥラーン】と【サラ】とはジョブレゾナンス済みだ。
「サラ、もし俺がおかしくなったらビンタしてでも正気に戻してくれよ?」
(ちょっとマスター! ジョブレゾナンス中はビンタ出来ないですよ! ふざけてないで頑張って下さい!)
「知ってるけどさ……こいつ見てると冗談でも言いたくなるって」
 デミアが見上げるおよそ30m程先に、ギラギラと光が渦巻く瞳と視線が合う。
「まぁ……のんべんだらりと生きるためにも、少しくらい本気でいかせてもらおうか!」
 デミアの放つ『スパークフラッシュ』は、的確に皇帝の右ひざに命中する。
「よし、僕達も続くよ! ルゥ!」
(はい、コーディ!)
 コ―ディアスはデミアの魔法の間を縫うように、飛び上がり薙刀での連撃を加え始める。
 一方、右側に飛びのいたのは星野、エルヴァイレント、ジーンの3人だ。
「いくぞ! 遅れるな!」
「任せるんよ!」
 ジーンとエルヴァイレントはすかさず身を反転、マクシミリアンの右腕に剣を突き立てる。
「ヌゥゥゥ!?」
 そのまま、突起物のない険しい山を登るかのように、2人は少しずつ体を登り始める。
 それを左手で払おうとするマクシミリアンだったが、空を飛ぶマリアが大盾で押し返す。
「こちらも忘れられては、困りますよっ!」
 一方足元では星野が、爆破の魔法陣を大量に左ひざへばら撒いていた。
 そうした仲間達の戦いぶりに、少し離れた場所で待機していた宮川の心にも熱い何かが沸き上がる。
「くぅ~……燃えるねぇ! いくぞ【イェルカ】! ビートを刻むぜぇ!」
(そうねソースケ! ここが人生最初で最後の大一番よ!)
 奏介は彼が一から創り上げたオリジナルの楽器、アコースティックギターを構えると、思い切りかき鳴らす。
「おうよ! だったらここでキメなきゃ男がすたるってもんでさぁ! 俺の歌をききやがれ!!!」
 テンションMAX、宮川の奏でる独特な『栄光のマーチ』は、彼が出来る最大限の歌唱。
 勇気を与えるその行進曲は全員の感覚が研ぎ澄まし、マクシミリアンの光に対する対抗力を高めるのであった。
「煩イ蠅ガァ!!!」
 マクシミリアンは剣を突き立てる2人をものともせず、右腕を大きく振ると宮川を狙い振り下ろそうとする。
(ソースケ! 来るよっ?!)
(ちぃっ!)
 しかし、自身の危機においても宮川は歌を止めはしない。
 まさに叩き潰されようとするその瞬間、彼の身体は宙に浮いたような感覚に襲われる。
「ったく、危ねぇじゃねぇか」
 思わず目を閉じた宮川が再び目を開くと、自身の身体が【トーマ・フェルネル】によって抱きかかえられている事に気づいた。
 トーマは宮川を降ろすと光の巨人へと向き直る。
「へっ。でけぇ図体だな。仕留めがいがある……っ?!」
「トーマ? 大丈夫トーマ!?」
 彼のスレイブ【ネルタム】が膝をついたトーマに駆け寄った。
 宮川の歌のおかげで一瞬で正気を持って行かれるまでには至らなかったものの、スレイブと同化していない状態では、魔石に比較的耐性のある冒険者であっても、マクシミリアンの光の影響を受ける事は免れない。
「くっ……!」
 魔石の光は、トーマの中に入り込むと、様々な声を聞かせてきた。
 死にゆくまでの苦しむ声、絶望を嘆く声、皇帝として素晴らしい何かを伝え広めようと意気込む、幼子の声……。
「待ってて! トーマ!」
 ネルタムは自らの意志で主人の装備するナックルにジョブレゾナンスを行うと、トーマの中での不思議な声は鳴りやんだ。
「……すまない、ネルタム」
(ううん。それより大丈夫?)
「ああ。いける!」
 体制を立て直したトーマは左膝に狙いを定めると、一気に接近。その拳で攻撃を加えていく。
「やりますね。ならば私も……!」
 その姿を見ていた星野は、魔法による攻撃を止め接近戦に切り替える。
 普段はメイジとして活躍し、遠距離攻撃を主とする星野であったが、彼にはいざという時の為の一子相伝である必殺技があった。
「喰らいなさいっ!  はああぁっ!」
 しなった鞭のように、彼の左足が敵の膝裏に激しい衝撃を与えた。
 これぞ彼の家に代々伝わるタイキックであった。
「良い蹴りだな! だが俺の拳も負けちゃいねぇ!」
 それに触発されるように、トーマの繰り出す連撃もその速さを増していく。
「グウウウゥヌゥ?!」
 一度に両膝を攻撃され、立ち続ける事が困難になったマクシミリアンは、遂に動きを止め右手と左膝を地面につく。
「よし、膝を落とした! 決めてくれっ!」
 デミアがそう叫ぶ。
「言われなくても……!」
「分かってるんよっ!」
 それまで右手に剣を突き刺し何とかぶら下がっていたジーンとエルヴァイレントであったが、この機を逃すまいと、剣を引き抜くと一気に腕を駆け上る。
「おらおらおらおらぁ!!!」
 前を行くジーンは、ミドルソードで手当たり次第に腕を切り裂きながら進んでいく。
 一方のエルヴァイレントは、吹きすさぶ白い血しぶきを避けながらその後にびったりと続き、自身最大の一撃を放つべきタイミングを見計らっていた。
 そして2人がマクシミリアンの右肩に辿り着こうかというところまで登り詰める。
(ここならいけるよ! エルさん!)
「よっしゃ! ジーンはん、うちがあそこまで送ったる! 後は任せるんよ!」
 そう言うと彼女は自身が丹精込めて鍛え上げた剣を、ジャイアントスイングの要領で振り回す。
「うちの剣は……うちらの心は……絶対に折れへん。だからここでは……終焉(おわ)れへん!!」
 そして回転を繰り返し、遠心力が最大になったところで、彼女は剣を腹が見えるようにずらした。
 彼女の意図を察したジーンは、剣の腹を踏み台にして遠心力を得る。
 そしてエルヴァイレント渾身の【ドラグーンストーム】は、ジーンをマクシミリアンの首元まで弾き飛ばした。
「いっけぇーーーー!」
 弾け飛ぶ弾丸のように、ジーンはまっすぐに空を突き進む。
 ここまで近づいて初めて、マクシミリアンの首元、人間であれば喉仏の下に当たる場所に魔石の結晶のような部分が見えた。
(マスター! あそこ!)
 同化している【ルーツ】もそれに気づいたようであった。
「ああ、一撃で沈める……!」
 そしてエルヴァイレントの力を借りたジーン最大の一撃が、結晶部に深々と突き刺さった。




●回想_6
「マリア!」
 思わずそう叫んでしまう。
 何度目かも忘れた先でも、マリアはこの手を離れてしまう。
「ごめんね、ナナシー。やっぱり、この結末は変えられなかったみたい」
 寂しさを感じさせるセリフであるはずなのに、彼女の顔はとても安らかであった。
「きっとこれで前よりも沢山の人が空に逃れられるはず。そうすれば、あとは未来の皆が世界を救ってくれる。そのために、私はこの役割をやりきってみせるよ!」
 確かに、少しずつ世界の未来は変わり始めていた。
 だが、あの竜の恐怖を乗り越える歴史は、未だ訪れてはいなかった。



●マクシミリアン弱体化_3
「来たか……」
【リゴレット】が気づいてすぐ、白亜の塔最上部の扉が開く。
 先頭に立っていたクロストもまた、リゴレットの存在に気づくと盾を構えたまま声をかける。
「貴方が、ここの守り手ですか?」
「守り手、か……そうかもしれないな」
 部屋の中心部には、一般的な人の身の丈をゆうに超えるであろう巨大な魔石の結晶が鎮座し、冒険者達と結晶の間に立つようにリゴレットとスレイブの【ジルダ】の姿があった。
「ここに来るまでに神の手の人間は居なかった! 皆逃げちまったか、塔の外で有象無象の化物に成っちまったみたいだな!」
 是呂もまた畳みかけるように続ける。
 だが、味方が居ないということをリゴレットは何も気にしていないように鼻で笑った。
「ふっ。怖気づいたのだろう。分かり切っていた話だ」
「そうかい。だがこっちは3人。あんたは横に居るスレイブを入れても2人。チェックはかかっていると思うがなぁ?」
 煽るレイ。
「だそうだ。どう思う博士よ?」
「戦力差はある。だが、返せぬ形勢ではない」
 リゴレットの声かけに応えるかのように、魔石の結晶が数度点滅すると、一行の耳に声が聞こえる。
「何だ今のは!?」
「何だ? 魔石が言語を発した、それだけの事だ」 
 戸惑う是呂と対称的に、リゴレットは淡々と説明する。
 この魔石は他の魔石を遥かに上回る生き物の魂が宿っており、スレイブの開発者【スローベイン博士】の魂も元としてコミュニケーションが取れる事。そして、この魔石の力であれば死した魂を、仮の肉体に蘇らせることが出来る事。そのどれもが一行にとっては突飛な話であるが、目の前に広がる現実がそれを真実だと証明していた。
「神の手とは、魔石を崇拝する、という一点において協調を持つ互助組織のようなものだ。魂の復活を望む者もいれば、自身の肉体を人外に強化させる事を望む者もいる。かの愚者【アルゴー】のように」
 リゴレットは神の手内で仲間であったはずの男の名を、嫌悪感を露わにしながら呼んだ。
「だがお前達にも無関係な話ではない。仮にこの魔石を破壊すれば、お前達のスレイブがどうなることか……」
「どういう意味だ!」
 流石のレイも苛立ちを隠せない様子でそう叫ぶ。
「知らなかったか? スレイブは魂の入れ物。仮初めの身体に魔石を埋め込み、その死した者の魂の結晶に失われた魂を吸着させることで起動させる魔法生命体であると?」
 小さく息を飲む一行。
「お前達が今息を飲んだように、多くの人間にとって、今やスレイブは手放せる存在ではない。この魔石が壊れてしまえば、もしかしたら二度とスレイブが動かせなくなるやもしれぬのだぞ? それを捨て置けるのか? 例えその肉体が、魂が偽物だとしても……!」
 一瞬、リゴレットの様子を盗み見るジルダの視線に気づいたクロストは、問答を続ける。
「……リゴレットさん。確かに、俺にはスレイブを捨てられません。今この中にいるシルキィは本当に大切な相棒で……シルキィとの生活を守りたいからこそ、俺は立ち上がったんです」
 クロストは盾を見やる。
「でも、こんな破滅的な使用は間違っているんじゃないですか? 今のこの状況は、スレイブを守る為じゃない、皇帝が自身の欲望のために魔石の力を利用しているに過ぎない。違いますか?」
 その問いにリゴレットは答えない。
「だな。こんな魔石で狂ったヤロー共が闊歩する世の中なんて、おちおち暮らせないからな」
「これまでの経緯を見るに、恐らく一度スレイブに吸着した魂は、そこにあるどでかい魔石の光を浴びなくとも暫く問題はなさそうだ。なら、案外大丈夫な気がするぜ。ま、安心したまえよ~。スレイブをなおす方法なんて、俺とアンがすぐに見つけてみせるからなぁ!!!」
 クロストに続き、是呂が、レイが立ち向かう意思を見せる。
 これ以上何を言っても無駄であろう。
 リゴレットは羽織っていた銀色のローブからナイフを取り出すと両手に構えた。
「確かに皇帝の所業は迷惑極まりない話だ。だが、それでも俺は、こいつを守る。それだけだ」
「本当に、それが貴方の望みなんですね?」
「ああ」
 クロストは、もう一度だけ問いかける。
「本当に……それが貴方の大切な人の望みなんですね?」
 真っ直ぐクロストが見据える先に、リゴレットが視線を送る。
 彼の隣に立つ少女。ジルダの肩は……震えていた。
「マスター……私は、人を傷つけてまで生きたいとは思いません」
「……ジルダ」
「俺は、皇帝に問いかけられました。スレイブとの別れについて。彼は生き続ける事を神の力と言いました。そして貴方は、スレイブを生み出した魔石の力を守るべき神の力だと、そう考えている。両者の考えを聞いても、俺の考えは変わりません……。俺は誰もが笑う世界に、シルキィと2人で立っていたい。そんな穏やかな日々こそ、神に与えられた恵みなんじゃないでしょうか?」
 例えどんな結果になろうとも。
 冒険者一行は既に覚悟を決めていた。
 ではこちらはどうか?
 ジルダの瞳に宿るとまどいは、どんどんな広がりを見せていく。
 このまま戦ったとしても、ジルダが余計に傷つくだけではないか……。
「……これが答えでいいか、お前達?」
 魔石の影に隠れていた2人組のスレイブが、リゴレットの呼びかけに姿を見せる。
『おじいさまが、許されるのなら』
 スレイブ達の言葉に、魔石は一度だけ、光を放った。
「分かった」
 ただ一言、そう呟いたリゴレットはナイフを一気に投げつける。
 その素早い動きに一瞬身構える冒険者達であったが、ナイフが向かった先は、彼等とは正反対の方向であった。
「……魔石は、生まれ続ける。人が死ぬ限り。それを受け入れれば選ばれた者だけだが、選ばれた者はその力を永遠に享受出来たはずだ。だがお前達が選んだ道は、その無限に立ち向かう道。せいぜい見定めさせてもらおう。全員で生きる未来を選んだ……人の絶望を抱きしめる事を選んだ、お前達の結末を」
 魔石のナイフが突き刺さった箇所から、強い光が漏れ始めた。
 この光を浴び続けるのはまずい! そう判断したレイは残った魔力の全てを込めてこう唱える。
「【ジ・アビス】!!!」



●回想_7
 その日、奇跡が起きた。
 いや、奇跡が起こせる時が来た。
 1人の赤ん坊の生存、その奇跡が魔石に小さな影響を与えて。
 遂に、奇跡に必要なだけの魔石の力が集まったのだ。
「これなら……いけるかも……」
 魔石は死人の魂である。だが生者が最期に抱くのは絶望だけではない。
 魔石に宿りし魂は知っているのだ。喜びも。
 私は魔石の力を借りて、2つの時空を同時に巻き戻した。
 1000年の狭間を繋ぎ合わせ、それぞれの時間に起きる小さな変革が大きなうねりを引き起こす。



●マクシミリアンとの戦闘_3
「なん……だとっ!?」
 確かに、ジーンの剣は結晶部分に突き刺さった。
 いや、結晶に届きかけた。
 だが、白い身体から生え出す無数の白い手がその剣を掴み、ギリギリのところで押さえつけていた。
 腕から発せられる無数の声が、宮川の歌の合間から冒険者達全員へと聞こえてくる。
「サビシイ……サビシイ……」
「ミステナイデ……ミステナイデ……」
「モット……モットチカラガアレバ……」
「ちっ! なんだこのうぜぇ声は!?」
「悔しさ、悲しさ、劣等感……胸が苦しくなるんよ……!」
 特に声を近距離で聞いているジーンと、エルヴァイレントは思わず両耳を塞ぐ。
「ウヴォォォァアアアア……!!!」
 マクシミリアンが上半身を振るうと、ジーンの剣だけを残して、2人は上半身から落下する。
「危ねぇ!」
「まずい!」
 ジーンとエルヴァイレントは、それぞれトーマとデミアによって受け止められる。
 響き渡る怨嗟(えんさ)の声と眩い光は一行からの力を奪っていく。
 もうだめだ。その場にいる全員が諦めかけたその時、1匹の火の蛇が空を昇り光に喰らいついた。
「まだだ……」
 また1匹、蛇が昇る。
「まだだ……!」
 また1匹。
「まだだ!!」
 立ち上る蛇は、コ―ディアスの唱える『火界咒(かかいしゅ)』だ。
「僕は……俺は、愛するルゥとこの世界を生きていく……! 例えこの世界が滅びゆくとしても!! 絶対にだ!!!」
(コーディー……私も、愛しています!!)
「はああぁぁぁぁあ……! 火界咒っ!!!」
 四度目の正直。
 首元の腕を目掛けて放った一撃は、遂に剣を押さえつけていた腕を焼き払った。
 そして丁度、遠く白亜の塔から放たれていた光が、その輝きを失った。
「ヌウウゥゥゥオオオッッッ!?」
「今だ! マクシミリアアアアンン!!!!」
 隙を逃さず、トーマは装備していた盾を思いきり投げつける。
 勢いよく放たれた盾は、剣の柄に当たると最後の一押しとなって結晶を貫いた。
「ウウウウッッッ!?!!!」
 苦しみもがき、暴れる皇帝。
 だだっ子のように両腕を叩きつけるその動きは、規則性のない攻撃となって冒険者達に降りかかる。
「皆! 離れて!」
「こっちだ! 急げ!」
 宮川やディオニソスのサポートを受けながら、一行はマクシミリアンから何とか距離を取る。
「私のありったけの魔力……お見舞いしましょうっっ!」
 それまで必死に魔力を高めていた星野は、叩きつけられる両腕を魔法で爆砕した。
 そして遂に、膝を壊され、腕を失った男は地面に倒れ込む。
 だが、この場にいた冒険者達は既に限界まで疲弊していた。
「あと一歩が、足りないんよ……!」
「いや……大丈夫。きっと」
 ケガした腕を抑えるエルヴァイレントの漏らす言葉に、コ―ディアスがそう答えた。
 そして頷くジーン。
「ああ。認めたくはねぇが、後はあいつに任せるとするか」
「あ、そっか! まだ……!」
 エルヴァイレントの振り向く先、高台では巨大な魔法陣が構築されていた。

~~~

「万里の理を……星の導きの果てに……」
 この瞬間の為に。全ての魔力を持っている杖につぎ込むアンネッラ。
 杖の先端、相反する大小2つの月に魔石の輝きにかき消されている星の光が宿っていく。
 アンネッラの【スターダストフォース】の力であった。
(この魔法を使えば、私自身が闇に飲まれてしまうやも知れません。ですが、未来を生きようとする人々の為にも、今あそこでもがき苦しむマクシミリアン様の為にも……私は……)
 アンネッラは、前だけを見据えた。
「アストライオスの加護の元に……集え! 星の輝きよ!!」
 そして全ての詠唱を終え杖に最大限に蓄えられた力は、黒く大きな、闇の結晶となって彼女の頭上に生成される。
「どうか安らかに……【フォールダウン・ノーチェ】……!!!」
 解き放たれる極大の一撃は、腕を失った化物を優しい闇で抱きしめる。
 それは、もう無理に輝かなくて良いのだと。彼にそう告げるかのようであった。



●民衆の避難_2
「ヤメルォォォオオゥゥゥオオァアッァ!??!!?!」
 目の前で闇魔法に吸い込まれていくマクシミリアン。
 彼の断末魔は、暫くの間、闇の魔法から聞こえていた。
 だがやがて、何かに包まれたかのように、その光は少しずつ薄らいでいく。
「これで終わり、か」
 闇に溶けていく皇帝を見届けながら、宮川がそう呟いた。
 これで終わったのだ。世界の崩壊は救われるのだ。
 この場に居た誰もがそんな安心感に包まれざるを得ない中、突如災厄が訪れる。
「気を付けろ! 地面が割れる!!!」
 これだけ大規模な戦闘の余波だろうか。
 何とか形を保っていた大地が、ぱっくりと口を開け始めた。
 この崩壊の原因であるダークエルフ、【ゼナン】は以前冒険者達によって倒されている。
 だがその時にはすでに遅く、大地への浸食は崩壊を免れないところまで来ていたのだ。
 妖精の力を借り、何とか留めていた決壊が、遂に始まってしまったのだ。
 一行は疲れた体で何とか裂け目から逃れようと動き回る。
(秀忠様! そちらは!?)
「しまっ!?」
 【みくり】の叫びも虚しく、星野は地面の裂け目に足を取られてしまう。
 何とか片腕で掴まって耐えているものの、他の仲間とは距離が離れてしまっていた。
(こんな最期とは……向こうで妻に笑われますね)
 だがその時、助けは空から降って来た。
「舌噛まないように、しっかり歯食いしばって」
 なんと、そこには飛空艇で避難誘導を行っていたはずの御影の姿があった。
 彼女は星野の腕を掴まえると、背面投げの姿勢で勢いよく空へ放り投げる。
「ちょっと~~!?」
 叫び声のする方向、他の冒険者達が見上げる先には、無事に飛び立った飛空艇の姿があった。
「そうか。何とか当初の目的は達せたという事か」
「そうそう。それで、俺達はお迎え役って訳」
 いつの間にかデミアの横に立っていたカイが、そっと肩を貸すようにして彼の身体を支える。
「俺は彼女程怪力ではないからね。せーのでジャンプ宜しくね。せーの!」
「って早!?」
 こうして御影とカイによって、マクシミリアンと戦った冒険者達は次々と飛空艇へ避難する。
「これ、お前がやったのか?」
 マリアに運ばれるようにして、空中を浮遊しているディオニソスがそう問いかける。
「うん! 最初に皆と合流する前にね、魔力をぎゅーと注入してきた! あそこで必死に演奏してるバード君の歌が聞こえる限り、皆すっごくパワーアップだよ!」
 飛空艇の船上では、ゆうがこの大地全てに響き渡るような歌声を奏でていた。
「なるほど。恐れ入ったよ……」
「へへっ。褒められた!」
 少女はにこやかに笑う。
 飛空艇の船上では、一行をクロスト達が迎え入れた。
「おかえり、皆さん」
「おお、クロスト。そっちもまぁ、お疲れさん」
「ジーンさん、今回は元気そうで安心しましたよ」
「けっ。結局俺は仕留めそこなっちまったから、消化不良だがな」
「うむ。こっちの若造たちは皆無事だった様じゃのう」
 そこにワイアットも姿を現した。
 白亜の塔の冒険者達は、彼と相棒のクーによって助け出されていたのだ。
「もうちっと早く助けられれば、この子も軽症で澄んだんじゃろうが……」
 彼が抱きかかえる幼い魔法少女は、魔力の殆どを使い果たし、おまけに魔石の影響を近くで受け続けた事もあって、未だ昏睡状態であった。
 全員がどこかしらボロボロであった。
 だが各々が生きて戻った事に冒険者達は感動を感じていた。
 そして最後にアンネッラが船に乗った事を確認すると、船は上昇を開始する。
「大地が……裂けていきますわね……」
 アンネッラの言葉に、一同は眼下を見下ろす。
 大地の裂け目からは、菌と魔石の絶望によって生じた闇が漏れ出していた。
 驚くべき光景である。だがより驚くべきであったのは、闇の中からいくつかオレンジ色の光が漏れ出し、地面を空へと押し上げていた。
「あっ、あれ! 【ウボー】の村じゃないか!?」
 コ―ディアスが思わず声を荒げた。
 それは数々の戦いで自分達を助けてくれた男達が住む土地であり、他にもいくつかの大地がオレンジ色の光に押し出されていく。
 その光をよく見れば、オレンジ色の妖精が寄り集まっているように見えた。
「そっか……今回は、きっと大丈夫だね」
 その光を、これまでの繰り返しの中で初めて目撃することが出来たマリア。
 彼女は笑顔を浮かべると、そっと飛空艇を飛び降りるのであった。



●新しい未来 
「ナナシー? 見えてるよね?」
 吹きあがる闇の中へ、ゆっくりとマリアが降り立っていく。
 闇の奥、アンネッラの創り出した温かな闇だけは、彼女にはほんの少し明るく見えていた。
(見えてる。ねぇマリア……本当に、やるんだね?)
「うん。だからこの戦いが始まる前にお願いしていたように、準備しておいてほしいんだっ」
 トレジャーアイランド。
 それはこれまでナナシーが時空の繰り返しで集め続けた希望を抱いた魔石の島。
 未来の為に、このやり直しで終わらせるために、2人が考えた未来への布石であった。
「魔石が生まれる以上、きっとこの先絶望が生まれる事もある。でも、きっとこれだけの希望があれば、未来の皆も笑ってくれるよね!」
(うん……そんな気がする)
「あ、それから! もしスレイブの身体が壊れちゃっても良いように、魔石を小さなパーツ? みたいなものに固定してほしいんだー! 人間で言う脳みたいな? それと、いざって時は魔石の記憶からスレイブの身体を復元しちゃうんだから! 飛空艇の中に入れておいた英雄の武器があるから、それを使ってね! それからそれから~~……」
 マリアは沢山未来の話をした。
 だが、自分の未来の話がそこにはない。その事にナナシーは気づいていた。
(本当に、未来に行かないの?)
「ん? それは違うよ~。アタシは、アタシの知らない未来に辿り着いたよ? ただ、やっぱりここに残して来ちゃった神様のお友達とかい~っぱいいるからさ。生きていられる間くらいは、こっちの皆を笑顔にしたいなぁ~って」
 そしてマリアは、温かな闇の中へ入っていく。
「こんにちは。マクシミリアンさん! アタシはマリア! お友達になりましょ!」



●思い出の残花
 そして幾ばくかの時を経て。
 私は約束を果たす。宝島を創り上げ、人々の歩む歴史を見守り続ける。
 ただ1つ、私は我が儘を通してしまった。
 だって神様だもの。ほんの少しくらい、我が儘を言いたい。
 いつもお茶に関する我が儘を言っているのなどどこ吹く風。私は友人が一番の目玉にしていたピラミッドに、そっとスレイブを横たえる。
 友人が望んでいた能力を与え、未来の希望となる存在。
 きっとこの子が目覚めたなら。友達が沢山できるだろうな。
 そんなスレイブに、私は【マリア】と名前を付けた。
「お休み~……自由で気ままな、マリアちゃん」
 私も眠くなってきたのかな? 一滴の目元を伝う水滴を、私は拭った。

執筆:pnkjynpGM