◆プロローグ◆
◆『律動』ディナリウム一番の大工がいた。彼はどんな高所も恐れず、どんなに過酷な天気にももろともせず。作業を進めることで有名だった。 そんな伝説的な人物の伝説的な偉業と言えば何か。 それは今回のディヘナという町を完成させたことだろう。 最後の釘は大聖堂の床板だった。 カーンと警戒に響き渡る金槌の音は祝福の鐘。木霊するその音を聞きながら彼は告げる。 「第二帝都の完成をここに宣言する!」 上がる歓声。それは町中に伝播し、ブロントヴァイレス、センテンタリの襲撃に沈んでいた帝都民たちの顔を次々と笑顔にしていく。 これはディナリウムの大きな一歩である。歴史はここからさらに進んでいくことだろう。 誇ろう、栄華を、繁栄を。 時代の先駆けであるディヘナ完成はそれほどに革新的でとてもめでたいことなのだ。 この日を祝日にしよう。そんな声がどこからかあがった。 それに賛同する声が大きく連なった。 結果波は大きく広がり、お祭りムードは最高潮に達し。 一週間という長期間創立式典の帰還として設定されることになった。 時同じくしてブロントヴァイレスの解剖結果が出た。 その研究データはディナリウムの力を飛躍的に伸ばすことができると判断され。その研究発表も行われる手はずとなる。 新時代の幕開けにふさわしい研究発表だ、それを賞賛し催しに組み込まれることになった。 ブロントヴァイレス討伐式典。ディヘナ完成式典。 これほど盛大に祭りがおこなわれることは今までなかった。 間違いなくディナリウムの歴史に残る出来事だろう。 ただ、光があれば闇があるように、喜びにあふれる帝都にも悪の影が忍び寄る。 いや、というよりも……もう手がかかっているという表現が正しいかもしれない。 路地裏を見つめると銀色のローブがふわりと舞った。 暗躍の腕は、いったい何を思うのか。 ◆『神の手』ディヘナという名前は何らかの神の名であるらしい。 その神は一般的ではない。 それに実在もしていない。 この世界に神を名乗り、強大な力を操る者達は多々いるのだが、そのどれもがディヘナとは呼ばれていない。 当然だろう、それは彼らにとっての神の名前。 その存在は……彼らにとっての神とは魔石をこの世界に降り注がせた存在だから。 場面は移り変わり、街中より視線を上に持ち上げる。そびえたつ白亜の塔。 帝都の一際高いビルの最上階。 その人物は白銀の杖で地面をつきながら、恭しく階段をおりてきた。 そこは大ホール。眼下には二百人以上のローブの人間。光源は天井につるされた石。それは魔石。 その光を浴びながら男は手を掲げる。 「神よこの運命に感謝します」 その一言で、同じように男たちは石を仰ぎ見る、その集団の中にはアイーダの姿もあった。 いわば神の手の集会である。そこには神の手の構成メンバー全員がそろっていた。 その男たちをかき分けて二人の人物が迫る。 片方はスレイブを連れた身軽そうな男。そしてその隣には筋骨隆々な男が並んでいる。 彼らも神の手の幹部であり。 スレイブを連れた男をリゴレット。もう片方をアルゴーと言った。 「前回はアイーダに役割を与え、見事ではないにしろ最低限の役割は果たした。私は平等に信徒たちへ機会を与えることとする。お前たち二人に任を与える」 その言葉にリゴレット、そしてアルゴーは平伏し。 その光景に歓喜震わせるように天井につるされた魔石が光を増した。 ◆『闇の中に鈍くひかる』祭りは大盛り上がりである。 町中には夜通し灯りが煌き、大通りではパレードが展開されている。 酒や食べ物の華やかな香りが路地裏まで香り。 町は歓声に包まれた。 人々の幸福は絶頂だった。 そんな祭りの最中。君はふと路地裏に目をやる。 何かがふと、気になったのだ。君の感覚を逆なでする何かがそこにあった。 それが何かは判然としない。森の中で君を狙う猛獣の視線にも。 宝箱の底に潜む悪意の気配にも似ている。 嫌なものであるという確証しか持てなかった。 そんなおぞましいものが、完成したばかりの帝都にはびこっていることは信じがたいことで、この華やかな祭りの会場から遠ざかることに後ろめたさはあったのだが。 ただ、それを見過ごすことはできない。 君は路地裏に入った。一歩進むごとに陽気な気配が遠ざかり、帯びていた酒気や幸福感ががれていく。 その時である。突如闇が晴れた。 雲に隠れていた月が顔を出したのだ。その結果見えた物がある。 ローブ翻す男、地面に刻まれた魔方陣。男は振り返りローブの中からナイフを取り出す。 その月光を写すナイフはあなたを仕留めるため、喉元に伸ばされ。そして…… |