この洞窟、通行止め!(三叉槍 マスター) 【難易度:普通】




プロローグ


●微かな異変
 交通とは国の血脈である。
 如何に財があろうとも、如何に強力な軍隊を持とうとも、交通が寸断され他者との交流を絶たれればすぐさま陸の孤島と化し、それらは無用の長物となる。
 故に国家は交通を整備する。
 交通の整備は治水と並んで政治が政治たる為の骨子の一つなのだ。
 ここはそんな交通の要の一つ。
 帝都ディナリウムから海運の町ボーモンへ向かう街道と途中にある巨大な人工洞窟である。
 最新の魔法技術によって作られたその洞窟は、迂回すれば一日以上かかる山道を僅か数刻で通行する事を可能にしたまさに国家の威信をかけた一大事業の結果だ。
 馬車も通れるほどの広さと高さを誇るその洞窟の入り口には通行する者をチェックする簡易的な関所が存在する。
 関所とはいってもそう大層な物ではない。
 小さな小屋に兵士が数人常勤し、通行する人たちに異常が無いかチェックしているだけのものだ。
「……妙だな?」
 そんな関所で一日の仕事を終えて日誌をまとめている兵士が呟いた。
「どうした? ケツの座りでも悪くなったか?」
 難しい顔をして事務作業をしている男に鎧を脱いでくつろいでいた同僚が声をかける。
 彼らはこれから交代で夜の監視を受け持つ。休める時には休むのも仕事だ。
「いや……妙に向こうから通行してきた人数が少なくてな」
 交通というのは双方向である。多少の誤差や時期的なものもあるが、基本的に行った分の人数帰ってくる。金を運んで商品を持って帰ってくるのが商売における人の流れだ。
 だが、ここ数日の人の流れがおかしい。
 こちらから行く人数はいつも通りだが、洞窟の向こうからくる人数が明らかに普段より少ない。
「気のせいだよ。そんな事より早く寝ようぜ……夜は長いんだからよ……」
 糞が付くほど真面目と評判の男の疑問をそう投げ捨て、同僚は眠りについた。
 疑問に思った彼も、同僚を見習って日誌を閉じて仮眠を取る事にした。
 考えすぎるのは自分の悪い癖だ。そう、気のせいに決まっているのだ。

●消える馬車
 しかし、その考えは後日改められることになる。
「馬車が来たぞ」
「了解」
 今度は昼の任務中に、組んでいた同僚の声掛けに短く答えて、街道の方を見る。
 馬車が通れるように作られている洞窟であるが、流石に馬車同士がすれ違うのは難しい。
 やって出来ないことも無いだろうが、そんな無茶は事故の元である。
 だからこの洞窟の出入り口には一つ仕掛けがあった。
 反対側から馬車が入った時にもう出口側に連絡が入るようになっているのだ。
 詳しい仕組みかは知らないが、担当のメイジに言えば反対側で旗が立つ。
 今回はこちら側で旗が立ったから向こう側から馬車が入ったという事だ。
 つまり、その馬車がこの洞窟を抜けてくるまで、こちらから馬車が入らないようにしなければならない。
 そういった交通の整理も彼らの業務の内だった。
「……どれくらい経った」
 しかし、待てど暮らせど馬車が出てこない。
 多少のトラブルがあったとしても昼前には出てこれる道だ。
 しかし、時は既に昼を大きく超え、徐々に太陽が西へ傾き始めている時刻だ。
「中で立ち往生してるんじゃないか、これは?」
「かもしれんな」
 何らかの理由で洞窟の中で馬車が動けなくなったのかもしれない。
「ちょうど交代の時間だ。ちょっと見てくる」
「了解。伝えとくよ」
 腰に下げたランタンに火をつけ男が洞窟の中へ入っていった。

●天井に潜む
 内部は一応篝火がくべられそれなりに明るくはなっているが、それでも一応ランタンで照らしながら歩いていく。
「ん? あれは……」
 そして、ほどなくして目的のものを見つける。
 洞窟の道の端に止まっている馬車。しかし、様子がおかしい。
「馬も人もいない……」
 そう、馬車を引いていたはずの馬も御者をしていたはずの人もいない。
「一体なぜ……?」
 ランタンで辺りを照らしてみるが隠れている様子はない。いったいどこへ消えたのか。
 ――ぴちょん、ぴちょん
 と、そこで男の耳にふと水滴の音が届く。
「……水?」
 洞窟の中でも水が無いわけではない。天井から水が垂れるというのもあり得る話ではあるが……。
 ――ぽちゃん、ぽちゃん
 水音がわずかに大きくなる。これは流石におかしい。急に水の量が増えるというのは有体に言って異常だ。
 ――べちゃ、べちゃ
 さらに大きくなる音。彼は確信した。天井から何かが落ちてきている。
「だ、誰だ!?」
 ランタンを天井へ向けて掲げる。そこには――
「水!? ――いや」
 天井にべったりと張り付いた粘り気を感じさせる水の塊。
 スライム。
 それがこの魔物の呼称だ。
「いかん!」
 男は躊躇うことなく踵を返して走る。決して一人で立ち向かえるような相手ではない。今は少しでも遠くに逃げなくては――
 ――バシャン!
 ひときわ大きな音と共にスライムの本体が地面に落ちる。
 おそらくあのように天井で待ち伏せて定期的に人を襲っていたのだ。今までも、気付かれる事もなく。
「き、来た!」
 スライムが地面をまるで川が流れるように、体を細長くして移動してくる。
 思っていたよりも早い。
「くそっ!」
 咄嗟に持っていたランタンを投げつける。ランタンの中から溢れた油に火が付き、洞窟内を赤く照らす。
 スライムがその程度でどうにかなるとも思えないが、やはりそれでも炎は嫌なのか一瞬動きが止まった。
「スライムだ! スライムが出たぞ!」
 その隙に洞窟と何とか脱出し、仲間たちに洞窟内の異常を大声で告げる。
「何だって!?」
 同僚が咄嗟に武器を構えて洞窟の入口へ振り向く。
 ――しばしの間。
「来ないぞ」
「う、嘘じゃない! 本当にいたんだ!」
 同僚の言葉に思わず声を荒げて訴える。危うく死ぬところだったのだ。嘘に思われるのは心外である。
「いや、別に嘘だって言ってるわけじゃない……。どうやら洞窟を縄張りって事にしてるらしいな」
 男が嘘を吐く性格じゃないことは知っている。
「ある意味運が良かった。俺達じゃ退治なんてできそうにないからな……」
 苦々しい顔で同僚が呟く。
「とにかく、本部に連絡しよう。応援を呼んでもらわない事にはどうにもならん」
 二人はお互い頷き合い、すぐに緊急事態の報告の支度をし始めた。

●命散らず募集中
「それで冒険者ギルドに依頼が来たわけですが……」
「まあ、体のいい決死隊だな」
 帝都でその方を受け取ったギルドで男女が会話をしている。
「あの洞窟は交通の要だ。放っておいても軍を出動させるのは間違いない」
「では、なぜうちに依頼が?」
「速やかに解決したいからさ。軍は組織である以上どうしても準備に時間がかかる。兵士は資産だからな。万全の準備の元、損害無く倒せると踏んで初めて討伐が開始されるわけだ」
「あ、なるほど。大体わかりました……」
 秘書らしい女性が苦笑いと主に男の言葉に理解を示す。
 つまり、まずは命知らずの冒険者たちに解決できるならそれでよし。それで駄目なら改めて軍を出動させるという手はずなのだ。
 一種の保険である。
「それに冒険者たちが失敗しても情報が得られる。討伐はより確実に遂行できるようになるというわけだ」
「完全に捨て駒じゃないですか……」
「その通り。ただし、その代わりに報酬はいい」
 その依頼額の書かれた紙を見て男が呟く。国を介してるだけあってなかなかの金額だ。
「まあ、我々は意図がどうあれ依頼を仲介するのが仕事。金が欲しい命知らずがいれば受けるだろうよ」
 そう言って男はその紙に判子を押す。
 
 ――スライム討伐クエスト、募集開始。


解説


●敵
大型スライム
人の腰ほどの高さの大きさのスライム。横幅は両手を広げたほど。
身体は強酸性の粘液であり、即効性はないがまとわりつかれると残った粘液でしばらくは痛みが続く。
質量もそれなりにあり速度もそこそこのため、単純な体当たりも結構な衝撃がある。
稀に体内に取り込んだ他の動物の骨を勢いよく打ち出してくる事がある。
魔法で作られた人工生物ではなく、ちゃんと食事をし呼吸をするれっきとした生物である。
つまり、内臓はちゃんとある。


ゲームマスターより


大型スライムの襲撃です。
普段より報酬は多めに設定してありますので参加して頂ければ幸いです。



この洞窟、通行止め! エピソード情報
担当 三叉槍 GM 相談期間 6 日
ジャンル 戦闘 タイプ ショート 出発日 2017/11/26
難易度 普通 報酬 多い 公開日 2017/12/6

ステラ・ザクセンエノン・ザクセン
 ヒューマン | ウォーリア | 20 歳 | 女性 
仲間と共に洞窟に入り、腰に剣を下げ、体に革鎧。
片手に松明、もう片手に可燃性の油の入った瓶を持って
主に天井を注意し、スライムの奇襲を警戒しつつ進む。
スレイブのエノンも槍と松明を持たせて同じく警戒に。
スライムが出たら、仲間に声を掛けて知らせ、スライムから少し距離を取ってから
スライムが床に落ちたり他の人に気取られた所を可燃性の油を掛ける。
仲間が着火して燃やすので、燃え具合を確かめて倒せそうならそのまま燃やす。
必要なら剣を抜き放って攻撃します。攻撃時はダブルエッジを最初に使い火力重視。
あとは普通に攻撃します。エノンも槍で突いて攻撃します。
スライムに溶かされたくないので、武器のリーチを生かしましょう。
ジーン・ズァエールルーツ・オリンジ
 ヒューマン | ウォーリア | 18 歳 | 男性 
・心情
高額の討伐依頼。こいつは危険な匂いがするな
まあいいさ。俺に狙われたが運の尽き。さっさとぶっ殺して懐を温めるとするか


・戦法
火が苦手という話だから松明を装備。ルーツにも持たせて洞窟へ侵入
スライムと遭遇したら遠距離から【ソニックブーム】で攻撃。スライムをなるべく小さく切断。破片に松明をつけて蒸発させてみる
松明の火が消えたらルーツから予備を貰う

その後【ファダルテ】を使っての接近戦。攻撃の際は【リミットブレイク】で強化した斬撃を内蔵めがけて叩き込む
突進攻撃、骨飛ばしには回避で対応

ある程度攻撃したら油をかけて退避。仲間に着火を要請
それで死ねばよし。死なないなら接近して内蔵めがけて武器を突き入れて殺す
コーディアスルゥラーン
 デモニック | シャーマン | 23 歳 | 男性 
洞窟に入り
スライムがいないかルゥと、水滴音警戒して進もう
敵を発見したら仲間に知らせて即ジョブレゾナンス

戦闘では
隙を見て甲種言霊でスライムの防御下げておきたい
薙刀ぶっさしはしない(抜けなくてピンチ呼びそう

僕は敵の気を引いて仲間が攻撃する隙を作る動きを優先したい
薙刀でちょっかい出したら気を引けるかな
間合いは取りたい
理想は僕を追う敵の体が伸びた所を仲間が攻撃する形になればいいな(体薄い方がダメージ入りそう

仲間が油ぶっかけ作戦開始したら
良さ気なタイミングに小咒で着火したい

自他共にピンチには丑の刻参り入れてみようか(怯んでくれ
燃えながら突っ込んでくるとかの事態にも足止めになればいい
ついでに倒せれば万歳

参加者一覧

ステラ・ザクセンエノン・ザクセン
 ヒューマン | ウォーリア | 20 歳 | 女性 
ジーン・ズァエールルーツ・オリンジ
 ヒューマン | ウォーリア | 18 歳 | 男性 
コーディアスルゥラーン
 デモニック | シャーマン | 23 歳 | 男性 


リザルト


●危険の香り
「今度の相手はスライム、ですか……厄介そうですね」
 ギルドから出て開口一番ステラ・ザクセンが、受け取った討伐対象の詳細が書かれた資料を見ながら呟く。
「巨大スライムって言うとアレですよね……! 取り付いて服だけ溶かしたりうにょうにょ触手とか出す奴! うう……嫌だなぁ……」
「どこの知識だ。んなスライム聞いた事もねぇよ」
「あいたっ」
 スライムに対し謎の偏った知識を披露するルーツ・オリンジの頭をコツンと主人であるジーン・ズァエールが小突く。
「いつつ……もう、すぐに頭叩かないで下さい、マスター!」
 涙目になりながら恨めし気にジーンをにらむルーツ。
 ジーンとしてはとても軽く叩いたつもりであるが、冒険者――それも近接戦闘を専門とした前衛である。当然その筋力も拳の硬さも一般人とは比べ物にならない。軽く小突かれた程度でも結構痛いのだ。
「まぁ、スライムなんてギルドのモンスターデータにも載ってないモンスターだし、どんなのが出てきてもおかしくはないけどね」
 何枚か用意された資料めくりながらコーディアスが話に入ってくる。
「スライム、というとベトベトで透明なアレですよね? 何色なんでしょうか。洞窟の中は暗いから判別は難しそうですね……」
 いかにも困った、という様子で眉根を寄せるのはコーディアスのスレイブ、ルゥラーンだ。
「資料には天井からの奇襲を行ってきたとあります。死角に潜まれると厄介ですね」
「そうね……」
 エノン・ザクセンの言葉にステラも頷く。
「噂では軍も準備を始めているという話も聞きました。ですが、軍が出るまでも無いです。私達だけでも倒して見せます!」
 グッと拳を握り意気込むステラ。
「ま、何せ国家公認で高額の討伐依頼を出す相手だ。結構な危険な匂いがするってもんだぜ」
 ひらひらと依頼書をはためかせてジーンがニヤリと笑う。
「珍しい相手だしいい経験にはなりそうだけど……できれば強敵でない方がいいな、僕は」
「そうですよ、マスター! 不吉な事を言わないで下さい!」
 苦笑いで告げるコーディアスの言葉に乗っかって主人に文句を言うルーツ。
「はっ! まあいいさ。俺に狙われたのが運の尽き。さっさとぶっ殺して懐を温めるとするさ」
 しかし、その抗議もどこ吹く風。
 ジーンはそう言ってスライムの絵が描かれた依頼書をクシャっと握りつぶして放り投げた。

●襲撃
「さて、準備はよろしいですか、皆さん」
 現場である洞窟の入口を前にしてステラが全員に確認する。
 その手には火の付いた松明。そして、逆の手に油の入った小瓶が握られている。
 これは事前の情報でどうやら火を嫌うらしいスライムに対抗するための準備だった。
 油は万全を期して少し多めに用意してある。
「オーケー。火種なら任しておいてよ」
 その中で唯一油瓶を持たないのはコーディアス。彼の役割は油を使用した後。すなわちそれに火をつける役である。
「では、行きましょう」
 ステラの言葉に全員が頷いてゆっくりと洞窟の中へと入っていく。
 洞窟の中は少し薄暗い。
 本来ならば松明の灯りを絶やさぬために定期的に交換が入っているはずであるが、スライムの存在が確認されてからはそれも止まっている。
 故に洞窟内の灯りは万全ではなく、いつもよりも大分視界は悪かった。
「怖ぇなら外の小屋で待ってるかぁ? うねうねしてるのが出てくるかもしれねぇもんな」
「だ、大丈夫です!」
 緊張しきった様子で松明をぎゅっと握るルーツにジーンがからかうような口調で声を掛ける。
「マ、マスターは僕が近くにいないと、ほ、本領を発揮できないんですから! だ、大丈夫です! ……大丈夫」
 自分に言い聞かせるようにルーツが言う。
「しかし、思った以上に薄暗いですね……」
 松明を動かし洞窟の隅を照らすように歩きながらルゥラーンが呟く。
 洞窟の横幅は何とか4人でなら並んで歩ける、という程度。
 しかし、灯りは人の頭の高さ辺りに設置してあるのに加え、その灯りが弱まっている事もあり、暗くなっているところも多く見受けられる。
 具体的には足元の両端と天井の3か所は見えづらい死角となっていた。
「丁度3組いる事ですし、分担しましょうか」
「そうだね。それが良い」
 ステラの提案にコーディアスも頷く。
 これで例えば相手が通常の人型の魔物や獣であったならば早々隠れることはできないだろう。
 如何に洞窟内が薄暗いとはいえ、そんなものがうずくまっていれば簡単に発見できる。
 しかし、相手は半透明で不定形のスライムである。
 どんな形をしているのか分からない故に普通の生物が入れないような隙間に入り込んでいる可能性もある。
 それに人間はまずシルエットで相手を見分ける傾向がある。
 このような薄暗がりで丸い物体を敵だと認識するのは意外と難しいのだ。
「まずは探索が難関だ。できれば先に発見したいけど……」
 それぞれ左右の足元、そして天井を注意深く警戒しながら歩いていく6人。
 洞窟の閉塞感も相まって張り詰めた緊張感が周囲に広がる。
「しかし、天井は特に見づらいですね……」
 天井を照らして目を細めながら警戒していたステラがぼやく。
「ああ、それにこうも薄暗いとなるとルゥの言った通り敵の色が気になるな。黒っぽい色だと相当見にくいぞ、これは」
 足元に視線を落としながらコーディアス。
 ――ぴちょん
 と、その耳に微かな音が響く。
「……?」
 あまりに微か過ぎて最初は聞き逃したがすぐに思い直す。
「……待て、いるぞ」
 手で周りの仲間に停止を促す。
「い、いるって何が……」
「敵に決まってるだろ。寝ぼけんな」
 ジーンが武器を手に周囲を警戒する。
「で、理由は何だ」
「音だ」
 ジーンの問いに手短に答える。
「水滴の音がした」
 襲われた兵士の証言に『襲われる前に水の落ちる音がした』という証言があった。
 つまり、水音はスライムの足音のようなものだ。それが聞こえたという事は……近くにいるということである。
「エノン、私から離れないで下さいね」
「はい……」
 どこから来るか分からない敵からエノンを守れるようにすぐ脇に待機させてステラが松明を振る。
「水滴の音がしたという事は天井にいる可能性が高いですが……」
 灯りを天井に向けて当ててみるが、その姿を見つけることはできない。
 天井に届く灯りは少ない上に、岩の形が複雑で影が多い。見つけるのはなかなかに難儀しそうな状況だった。
(……いえ、待って。あれは……)
 しかし、ある一点に一抹の違和感を感じ取るステラ。
 それは漆黒。
 光が届いていないからではない。明らかに不自然なほど暗かった。
「いました、退いて!」
 咄嗟にエノンを手で押しのけながら自身も後ろに飛びのく。
 ――ぼちゃ!
 それとほぼ同時に今までステラが立っていた地面に黒い塊が落下してくる。
「うわっ、出た!」
「下がってろ!」
 すぐさま悲鳴を上げたルーツを突き飛ばすように押し込んで、ジーンが前に出る。
「けったいな見た目だが斬りゃあ死ぬだろ!」
 そのまま一歩踏み込んで剣を振り下ろす。
「――!」
 しかし、一瞬敵の動きの方が早かった。
 スライムはぬるりと体を伸ばし、体を低くして距離を取りジーンの一撃を躱す。
「ち、思ったよりも早いな……!」
 間合いの外からの一撃だった故に一歩分攻撃が遅れたのは確かだが、一切の手加減なしの一撃だった。
 丸く重そうな見た目の割にかなり素早い動きだった。
「ではこれなら!」
 移動しきって再び細長い形態から丸い塊になったスライムにステラが油瓶を投げつける。
 開けられた瓶の口から大量の油が空中に放り出される。
「――」
 どこに目が付いているのかは全く不明だが、何かを投げつけられたらしい事に気付いたスライムが再び体を変形させる。
 今度は身を縮めるように地面に沈み込む。
 ボシュ!
 地面の砂が擦れる音と共にスライムが勢いよく跳躍する。
「なっ……!」
 油瓶を投げた後距離を詰めようと駈け込んでいたステラに向かって、凄まじい勢いで飛来するスライム。
 大人の男が抱えるほどの大きさのあすスライムが高速で迫るのを見て、ステラが油瓶を手放し空いた手に剣を握る。
「くっ!」
 何とか剣を盾のように掲げ身を守るステラ。
 しかし――
「――!」
 スライムの体は軟体である。
 岩なら弾き返せるだろう。槍や剣なら受け止められるだろう。
 しかし、形のない物は剣では止められない。
「あぐっ!」
 体の中心を捕らえ受け止めたはずのステラの剣であるが、スライムの体はその点を中心に自然体が鞭のようにしなり、強かにステラの両手を打ち付けた。
 互いに衝撃を受け合い、後方に倒れこむ。
「ご主人様!」
「前に出るな! それなりに油は浴びたはず……」
 咄嗟に前に出かけたエノンを制止し、コーディアスが印を組む。
 ステラの撒いた油は避けられたわけではない。むしろスライムはその中心を突っ切るように突撃してきた。
 万全とは言わないまでもそれなりに油は被っているはずだった。
 で、あるならば事前の取り決め通りに動くべきだろう。
「ノウマク・サンマンダ・バサラダン・カン!」
 コーディアスが唱えた呪文に導かれ生まれた炎の蛇が、地面に転がったスライムへと食らいつく。
 途端にスライムの体に火が着く。
「どうだ!」
 これで倒せれば万々歳だが……。
「――!」
 火だるまになったかのようなスライムであったが、地面を転がるような動きを見せると割とあっさりその体から火が消える。
「まあ、そんな簡単にはいかないよな……!」
「少し火力が足りなかったようですねぇ」
 どこか料理の出来の感想を述べるかのような雰囲気の口調でルゥラーンが呟く。
「体が大きすぎるのでしょう。付着した油の量に比べて粘液の割合が多すぎる」
 スライムの酸によってひり付く腕を抑え立ち上がりながら、ステラが悔し気に吐き出す。
「だったら削ってやりゃあいいんだろうがよ!」
 そう言ってジーンがその剣を大きく振りかぶり、再びスライムに突撃する。
「――」
 振り下ろされる鋼の剣
 その動きに反応し、スライムが再び体を伸ばし距離を離す。
「それはさっき見たんだよ!」
 しかし、ジーンはそれに構うことなく渾身の力で刃を振りぬいた。
「おらぁ!」
 ジーンの振るった刃の切っ先から衝撃波が発生し、射程外に逃げたはずだったスライムへと迫る。
「――!」
 咄嗟に体を弾ませ、それを回避するスライム。
 いや――
「粘液野郎にしちゃ根性あるじゃねえか……殺し甲斐があるってもんだ!」
 完全には避けきれていない。スライムの体の端の方が切断され、地面に飛沫のように落ちる。
「どうやら切ったら分裂するとか、そういう事は無さそうで安心したよ」
 地面にしみこむようにヘタるスライムの切れ端を見てコーディアスが呟く。
 今は少しでも敵の情報が欲しい。一つ一つの事象の観察は重要だ。
「キュィィィ!」
「何だ?」
 と、そこで今まで出す音と言えば精々地面との摩擦音くらいだったスライムから、不快な甲高い音が発せられる。
「マスター! 何かヤバいですよ!」
「んな事は知ってんだよ!」
 ルーツの悲鳴染みた掛け声に武器を構えなおしながら悪態を返す。
 ――パァン!
 空気が弾けるような音と共にスライムから何かが射出される。
「――ぐっ!」
 ただでさえ視界の悪い洞窟内。高速で飛来するその物体を捉えきれず、ジーンの腿へ「何か」が突き刺さる。
「マスター!」
「大丈夫ですか!?」
「こんなもん、かすり傷だ……!」
 ルーツとステラにうそぶき、己の腿に刺さったそれを取り出す。
「骨……だな、これは……!」
 それは白く硬く、そして尖った物体。何らかの生物の骨らしきものだった。
「食事の跡ってわけかよ。随分お行儀が悪いじゃねぇか」
 その骨を地面に放り投げてジーンが獰猛な笑みを浮かべる。
「消化しきれない部分を武器として転用しているのか……。効率的だね。そして、僕たちも失敗したら、ああなるって事でもあるね」
「こ、怖い冗談はやめて下さい、コーディアスさん」
「流石に少し悪趣味ですよ、コーディ」
「生まれながらの性格でね」
 言いながら再び印を組むコーディアス。
(まずは耐久力を減らして……)
 後ろに控えて敵に対する妨害や味方の援護をするのがコーディアスの得意とする戦法だ。
 その為の印を組み、術を完成させようとする。
「――」
「何っ!?」
 しかし、その途端にコーディアスに向かってスライムが高速で移動を始める。
(一番遠い僕に!? 何故!?)
 虚を突かれるが迷っている暇はない。
 先ほどのステラへの攻撃と同じように体ごと突撃してきたスライムを、すんでのところで横に倒れこむようにして避ける。
「守護禁制!」
 地面に転げながらもしっかりスライムの耐久力を減らす言霊を完成させ、敵に投げかける。
「……」
 様子を見ているのか、その場に留まり身を震わせているスライムを見やる。
(今の動き、何故……?)
 何故、今のタイミングで一番距離の有った自分を攻撃してきたのか。コーディアスは考える。
(やっぱり最初の炎が思いのほか効いていたって事か?)
 そう考えるのがすんなり来る。油を掛けたのはステラだが、実際に炎を出して着火したのはコーディアスである。
 彼を積極的に狙う理由となるとそれしか思いつかない。実際に与えたダメージでは切断したジーンの方が余程貢献しているはずだ。 つまり、炎が弱点であるという推測はおそらく間違っていないのだ。
 問題はその効果が薄すぎるという点だが……。
「皆、一つ提案がある。ちょっといいかな?」
 一つ思い付き、コーディアスは仲間達に問いかけたのだった。

●囮
「よし乗ったぜ!」
「異論有りません」
 コーディアスの提案に残る二人も頷く。
「エノン、油瓶の予備はまだありますか?」
「もちろんです、ご主人様」
 ステラの要請に応じてエノンがしまっていた油瓶を手渡す。
「よし、それじゃあ、手はず通りに」
 そう言って仲間たちの同意を得たコーディアスが一歩前に出る。
「さて、行くぞ。ほーらこいこい!」
「キュィィィ!」
 コーディアスが印を組むのと同時に、スライムが再び甲高い音を立てて骨の発射体勢を取る。
 やはり明らかにコーディアスの術の発動を邪魔しようとしている。二度目となるとまず間違いない。
「おっと! そう簡単に通さねぇよ!」
 破裂音と共に発射された二度目の骨弾をジーンが身を割り込ませて弾き落とす。
「――」
 スライムの対応も早い。骨弾が通用しなかったと見るや否やすぐさま接近しようとその体を伸ばす。
「今です!」
 そのタイミングを見計らってステラが足元に油を撒く。
「よし、ノウマク・サンマンダ・バサラダン・カン!」
 その声に応じて組み終わった印を解き放ち、炎の蛇を発生させるコーディアス。
 その標的はスライムではない。たった今ステラが油を撒いた地面。
「――」
 油に引火し地面に炎が走る。
 炎は洞窟の通路のおおよそ半分を塞ぎ、スライムの進行を妨げる。
「――」
 しかし、その炎は道の全てを塞ぐには至っていない。スライムは咄嗟に進行方向を変え、器用に炎を避けコーディアスへと迫った。
「来やがったな、粘着野郎……」
 だが、それこそが彼らの狙いだった。
 スライムの動きが速いと言えども、洞窟の半分以上を塞がれそこからさらにコーディアスを目指すとなればその軌道はかなり限られる。
「てめえは誰かを糧にして生きてきたんだろ?」
 どこを通るのかが分かるのであれば、如何に動きが速いと言えども捕らえるのは容易くなる。ましてや、スライムの胴体は移動中は細長くなるのも確認済み。
 それを見逃すような腕のジーンではなかった。
「なら次は俺の糧になってくたばりやがれやぁ!」
 ジーンの振るった剣が再び衝撃波を発生させ、移動中のスライムの胴体を真っ二つに断ち切った。
 二つに分かれたスライムの体が地面に落ちる。
「見つけました! こちらです!」
 落下したスライムの動きを見てステラが『本体』を見極め突撃する。
「これで!」
 ステラが剣を高速で二度振るい、スライムの本体に深い切れ込みを入れる。
「終わりです!」
 そして、そこへ三つ目――最後の油瓶を叩きつける。
「ノウマク・サンマンダ・バサラダン・カン……さて、半分になった粘液でも消火しきれるかな?」
 炎の蛇が今度こそスライムの体を狙い食らいつく。
「ピギィィィィィ!!」
 それは断末魔か、それとも熱による何かの異音か。一層高い音と共にスライムから何かが飛び出した。
「そこがてめぇの本当の体ってわけだ。貰ったぜ」
 ジーンの剣が一閃。今度は断末魔も無く静かにスライムの命は両断された。

●沈黙は金
「ううん、けっこうひりつきますね。肌に跡が残らなければいいのですが……」
 スライムの体当たりを受けた腕の摩りながらステラがぼやく。
 肌の事を気にしても体そのものの事は口にしないのは冒険者の体の頑丈さを示すものだろうか。
「大丈夫ですか? 酸の粘液が残っていると拙いですから、綺麗にふき取らないと……。布タオルを用意してありますから」
「ありがとうございます。ご主人様腕を見せて下さい」
 ルゥラーンから布を受け取り、エノンと二人で丁寧にスライムの粘液を拭き取っていく。
「じ、自分でできますよ……」
「いけません。自分の体は意外と見にくいのです。恥ずかしがらずに任せて下さい」
 バツの悪そうなステラにエノンが釘を刺す。
「女ってのはわからんな。体が無事ならいいじゃねぇか……」
 と、そこで何となしにジーンが呟く。
 ……彼の不幸はほんの少しの呟きも洞窟の閉鎖空間は大きく響き渡らせてしまった事だろう。
『よくありません!』
「うぉ!」
 その場の女性陣から一斉に反論を受けてたじろぐ。
「全くマスターはデリカシーってのが無さすぎますよ……」
 主の失態にハァとため息を吐き頭を抱えるルーツ。
「触らぬ神に祟り無しってね。こういう時は沈黙が一番」
 物言わぬスライムの残骸を見ながらジーンは肩をすくめるのだった。






依頼結果

成功

MVP
 コーディアス
 デモニック / シャーマン


依頼相談掲示板

[1] ソルト・ニャン 2017/11/17-00:00

やっほにゃ~ぁ
挨拶や相談は、ここでお願いにゃ~!
みんなふぁいとにゃにゃ~  
 

[9] ステラ・ザクセン 2017/11/25-21:26

コーディアスさんがスキルで着火出来るのは有り難いですね。
私の行動は
洞窟に入って警戒しつつ進む
スライムが出たら、一旦距離を取って油を掛ける
燃え具合を確かめて必要なら剣で攻撃する
つもりです。  
 

[8] コーディアス 2017/11/25-16:22

>油ぶっかけ
やるなら着火役するよ。
けど、リスクもありそうだね。
燃えながら突っ込んで来たらやばそうだから、フォローも考えておくよ。  
 

[7] ジーン・ズァエール 2017/11/25-06:10

確かに松明だけだと厳しいから油ぶっかけはありかもな
コーディアスが火属性攻撃ができるから、それと組み合わせれば

・スライムを迎撃&油ぶっかけ
・退避してからスキルで点火
・スライムは死ぬ

という流れができそうだからな……最後のは最善の結果だが、多分死なないだろうな。とはいえ燃えた分スライムの体積は減るだろうからそれだけ内蔵へのダメージは通りやすくなるはずだ

ともあれ、俺のやる事は一つ。近づいて、ぶった斬って殺す。それだけだ  
 

[6] コーディアス 2017/11/24-19:15

シャーマンのコーディアスとパートナーのルゥラーンです。
どうぞよろしく。

ジーンさん、
スライムの情報要点ありがとうございます。
火を持ち込むなら僕も松明が使い易そうだと思います。

敵はスライムという事は
もしかしたら通常の形の時はブニブニでダメージ通りずらいのかもしれないですね。
移動で体が伸びている所に攻撃できればダメージは内臓まで届きやすい?て事かな。

とりあえず僕の行動は、
敵の物理防御下げておくつもりです。
後、火属性のスキル持っていきます。
他はまだ考え中だけど、囮をしようかと考えています。  
 

[5] ステラ・ザクセン 2017/11/24-03:57

洞窟からは出てこないようですから、
洞窟に入ったら上に警戒しつつ進んだほうがいいですね。
火は松明で持っていけば良いでしょう。それだけだと些か決め手に
欠ける気がしますので、可燃性の油でもぶっ掛けますか?  
 

[4] ジーン・ズァエール 2017/11/23-18:40

まだ参加人数が確定してねえけど、チャッチャと話を進めておきたい

解説欄以外からわかるスライムの情報はざっとこんな感じか

・天井などに張り付いており、獲物が来たら落下してくる
・移動速度は早め。その際身体は細長くなる
・火が苦手

……となると、なにはなくとも火は間違いなく調達しなきゃならねえな
 
 

[3] ステラ・ザクセン 2017/11/22-04:15

失礼、挨拶が遅れました。
ヒューマンでウォーリアのステラです。よろしくお願いします。
今回はスライム相手ですか……。  
 

[2] ジーン・ズァエール 2017/11/21-18:54

そういや挨拶忘れてたな
ヒューマンでウォーリアのジーンだ。よろしくな