プロローグ
吐く息すら凍りそうな真冬の夜でも、尽きぬのが怨みというものだ。
それほどに人の情念は、深く、重く、靱(つよ)い。
極寒の真夜中、それも、人に忘れられ朽ちた古墓地に、夢かあるいは幻か、黒衣の葬送行列が現れるという。
集団を構成するは九人だという。
鈴のついたカンテラを持ち先導する者が一人、棺を担ぐ者が六人、棺に寄り添い、黒絹のハンカチで目頭を押さえている未亡人らしき者が一人、あるという。
行列は葬送曲を低く、引きずるがごとく唱和しながら歩む。
彼らは午前二時にさしかかるころ不意に、墓地にその姿を見せる。
まず、倒壊しかかった石の門をくぐり、
病葉(わくらば)積もる石畳を歩んで、
誰も名を知らぬ聖者の像の周囲を、ちょうど二周、めぐる。(聖者の像は、右目からのみ一条の涙を流している)
そうしてまた石畳を歩み出し、ある墓の前で足を止める。
そこでたたずむ。
じっとたたずむ。
なにかが埋葬されることはない。棺桶は動かぬままである。埋めるものが、ないというのか。
そうして朝が来るより早く、行列は姿を消している……と、言われている。
彼らの姿は、夜に溶けたかのように透けているようだ。
いわゆる亡霊(セメタリー)であろう。怨みを残した人々の慣れの果て。魂がなんらかの理由で実体化したものであり、接触は可能らしい。剣でも切れる。魔法も、浴びせることができる。
ただしそれは、『彼ら』からも、こちらに触れることができるということでもある。
セメタリーには聖者を襲う習性がある。
生前、どれほど立派な人間であろうとも、亡霊となった後は理性も知性も消失し、ただひたすら怨念の感情だけで生命を奪いに来る存在へと堕す。
皮肉ではないか。そも悲しみがあったから、人は亡霊になるのだ。
しかしその結果は、ただ悲しみを増やす以外にはならない。
近づかなければいいだろう、そう決めてセメタリーの集団を放置してもいい。
しかし君が【冒険者】なら、果たしてこの話を看過できるだろうか?
目的は、魂の解放であっても、罪なき人に被害が及ぶを防ぐことであっても、力試しの武者修行であっても構わない。
この葬送を永遠に終えること、それがこの依頼の使命となる。
最後にひとつ。
ゆめ、防寒の備えを忘れることのないよう。
その晩はきっと、骨まで凍える雪が降る。
解説
冬の亡霊狩り、といった趣でしょうか。出張除霊といいますか。
酷寒、雪まで降り始めた真夜中に、人里離れた酷寒の墓場に足を踏み入れ、『セメタリー』と呼ばれる亡霊たちと戦います。
セメタリーは葬送を模した行列を行っています。その意図は不明ですが、生命を持つ者(つまり、あなたたち!)を見つけるや、襲いかかってくることでしょう。
セメタリーの数は『九人』と書きました。先導役が一人、棺の担ぎ手が六人、そして棺に寄り添う未亡人が一人……合計すると『八』ですね。一人足りませんがこれは誤記ではありません。
セメタリーの主たる攻撃方法は、取り憑くようにのしかかり生命力を吸い取ることです。
加えて『未亡人』セメタリーは冷たい毒液を吐き、『先導役』はカンテラから青白い炎の塊を投じてきます。全員が飛行能力を持つので、開けた場所でなければ不利な立場に追い込まれるかもしれません。
墓地のどのあたりで戦うか、どのような陣形をとるか。思いもよらぬ攻撃があった場合、どう対処するかを決めておいたほうがいいでしょう。
セメタリーを退治できればエピソードは成功となります。
……プロローグの繰り返しになりますが、防寒装備をお忘れなく!
ゲームマスターより
桂木京介です。
今どき珍しい王道ファンタジー『幻想的絶頂カタストロフィー』としては、ここらで王道らしく攻めていきたいと思いまして、数人のマスターと共同で【真冬のホラーエピソード】と題したエピソード群を公開していくことになりました。
正統派ファンタジーと言えば、アクションにアドベンチャーは当然、トレジャーハンティングやモンスター退治というテーマも王者の道そのものでしょうが、『ホラー』もひとつの王道でありましょう。
シリーズ参加キャラクターには、もれなく『封印のリング』という謎のアイテムが進呈されます。
【真冬のホラーエピソード】はエピソードタイトル頭に『†(ダガー)』がつきます。
シリーズといってもこれらエピソードには『冬』『ホラー-』程度の関連性しかありません。一作一作、別のマスターが担当しますし、エピソード間につながりもありません。
本シリーズ次作は鬼才、おじやしげきGMが担当予定です!
†真冬の夜の夢 エピソード情報
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担当 |
桂木京介 GM
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相談期間 |
2 日
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ジャンル |
恐怖
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タイプ |
ショート
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出発日 |
2018/2/6 0
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難易度 |
普通
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報酬 |
通常
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公開日 |
2018/2/16 |
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セメタリ―は初めてだな 経験の為依頼受けた もちろん危険排除の為にもね
明るい内に 墓地内で戦い易い開けた場所見つけとく
夜 敵出現前の墓地内戦場予定地に照明用の木をくべた篝を数ヶ所設置 そこで焚火で暖を取り仲間と打合せしたい 出現時間になったら焚火を雪で消し待機 ジーンさんがここへ奴等誘導してくれるから攻撃の音したら制御した火界咒で篝火灯す よし来い!
戦闘は後衛位置 ルゥにはカンテラで照明係して貰おう 皆の上から来る敵警戒、火界咒で攻撃 余裕あれば前衛の援護もしたい 未亡人と先導役は早めに倒したいね 敵が強いならジョブレする
戦闘中余裕あれば 篝火複数消されたら再点火 9人目はどこだ?棺桶を丑の刻参りでぶった斬り中身を知りたい
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●事前行動 装備は防寒具。明かりにランタン。ランタンはルーツに持たせる 墓地内で戦いやすい場所を探して待機。敵が来たら行動開始
●戦闘 敵が戦う場所の近くまで来たら一番近い奴に【裂空】を見舞う 敵が気づいたら誘導。誘導後本格的な攻撃を仕掛ける 狙う相手は厄介な攻撃を仕掛けてくる『先導役』と『未亡人』 こいつらを真っ先に潰すために戦闘開始直後に【裂空】で一気に距離を詰めて攻撃。攻撃後もう一体にも同じスキルを叩き込む
他の敵が襲ってきた場合、攻撃は上空からやってくる可能性が高いから【ソニックブーム】による遠距離攻撃で迎撃
周囲の敵を掃討したら意味ありげな棺を攻撃 敵が出てきたら【裂空】で接近して強烈な一撃を見舞う
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自分は攻撃は期待できないので援護を頑張りたい そして呪われた魂の解放を!
事前準備を手伝う 懐中時計を携帯し、セメタリ―の出現時間頃になったら仲間に知らせたい 仲間が主戦場にセメタリ―を誘導させる際、捕まらないように援護攻撃をしたい
戦闘での俺の攻撃手段は魔法弾 シルキィには用意したカンテラで照らしていて貰い、彼女のサポートを頼りにセメタリ―に攻撃しつつ近寄らせないようにし、できれば倒したい メイジさんの詠唱の邪魔しそうな敵も排除したい
解毒にデトックス、怪我にホーリーリング、自分の怪我に天の加護を使用 だがスキルの出番は無くていいと本気で願うからその為にも仲間と背後守り合う位置で戦いたい
9人目の出現は警戒する
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目的 セメタリ―の集団を倒す
行動 ギリギリになってまで、参加を悩みましたが…やりましょう!女は度胸です! 幽霊なんて怖くない…怖くないのですわ…!
ちょっと話し合う余力もなかったので、その場のノリで他の方とは合わせますわ 近寄りたくもないので遠距離から…ひぃ!何で近寄ってくるのですか…!近寄らないで下さいませ…!マグナススフィア…! 良かった…!離れましたわ…わ、私が信じられるのは魔法のみですわね…ジ・アビスをお見舞いして差し上げます。私の全力…覚悟してください…! 同じ目的の人に当てないようにするのは至難の技ですわね…涙で、標準が定まりません…トゥルー!どちらに敵や味方がいるのか教えて下さい…!
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参加者一覧
リザルト
血も凍る、という言い回しは決して大袈裟ではないだろう。
寒い。
本当に、寒い。
骨まで氷にするような冷えが、足元から心臓めがけ這い上ってくるような気がする。
かがり火からわずか数分、離れただけでもうこれだ。【クロスト・ウォルフ】は左右の手を擦り合わせる。そろそろ戻ろう。
小走りで墓地の開けた場所に戻り、
「焚火はありがたい」
しっかり体を温めておかないと、とクロストは焔に手をかざした。熱が、血管に直接流れ込んでくるような気がする。
「厳しいなら無理はするなよ」
クロストは首を巡らせ、スレイブの【シルキィ】に呼びかける。偵察に出ている間ずっと無言だったものの、やはり相当参っていたらしい、シルキィは火にあたりながら蝶の羽ばたきのように震えていた。
「厳しい? まさか!」
顔をほとんど真上にあげて、クロストを見るシルキィの表情は真剣そのものだ。命令を待つ狩猟犬のようにまっすぐな眼をしている。火の照り返しのせいか、瞳は潤んでいるようにも見えた。
「クロストに同行するようになってもう何年目だと思ってるの? これくらい、平気!」
「そうか」
と言うクロストの手は、我知らずシルキィの頭に伸びていた。
綿入りの帽子越しに撫でる。
「お前のことは信用してる、一緒に頑張ろう」
「当然よ! クロストの信頼は裏切らない!」
その意気だ、とクロストはうなずいた。シルキィがそばにいてくれる、そう思うだけで、恐れや不安が引いていくような気がする。
新たな薪をひとつ手に取り、【コーディアス】はかがり火に投じた。
「亡霊(セメタリー)か」
言いながらコーディアスは、コートの合わせ目を手で押さえていた。
「セメタリーとの戦闘は初めてですね、コーディ」
スレイブの【ルゥラーン】が応じる。焔に照らされる彼女の髪は、青白い月光のようだ。
「奴らがたたずむという墓に刻まれていた名前は……『ロバート・ドレイク』とあった。男爵らしい」
「その方の葬送なのでしょうか」
「だと思いたいけれど」
それはそうと、とルゥラーンは話題を変えた。
「セメタリーは強い怨念が生み出すものだと言いますね」
「でも、その怨念の正体を知るすべはないよ。奴らだって、もう理解していないと思う。僕らの経験のため……といっては語弊があるかもしれないけれど、少なくとも危険排除のために討伐させてもらおう」
このとき、
「びびってるか?」
コーディアスの肩に、いささか乱暴に腕が回された。【ジーン・ズァエール】だ。コーディアスとジーンはすでに何度も、生死を賭した戦場を共にしている。友情、というのが感傷的すぎるならば、同志感のようなものが彼らの間にはあった。
「かもしれないね」
コーディアスは静かに微笑した。
「はじめて戦う種類の敵だから」
笑い飛ばすかと思いきや、ジーンはいささか神妙な顔をする。
「賢明だな。命のやりとりをする以上、相手を舐めてかかって良いことなんざねぇからな」
だが、と、ジーンは首を左右に倒し骨を鳴らした。
「俺のほうは、幽霊を斬れるまたとない機会だと思ってる。誰の依頼でもねえからタダ働きってことになっちまうが……ま、これで結果出しゃ、評価されて次の収入ゲットにつながるという割り切りもしてるけどな」
「マ、マスター……『斬れる』っておっしゃいましたが」
弱々しく声を上げたのは、ジーンのスレイブ【ルーツ・オリンジ】だ。下には色々着込んでいるはずだが、フロックコートに黒手袋というルーツの装備は、なんとも寒そうに見える。
「本当に幽霊に刃が通用するんでしょうか」
「心配すんな。数は多くねえが実戦記録がある。剣も槍も魔法も効くってさ」
「でも」
「ヤバイと思ったら出直しだ。連中は墓の周囲から出られやしねぇよ」
逃げる、と言わず、出直し、というあたりが彼らしい。
「わ、私は判りますわ……! ルーツ様のそのお気持ち……」
ルーツに賛同するように手を挙げたのは【アンネッラ・エレーヒャ】だった。分厚い防寒着を着込んでフードまで被っているのに、冷えが強烈ゆえか肌は紙のように白い。
「実体のない幽霊というのは……どうしても不安が……」
「つまり恐いということね?」
穏やかに【トゥルー】が呼びかける。普段は肉感的で露出の多い服装を好む彼女も、さすがに今夜ばかりはコートを着込んでいた。
「そんなことは……ない、です!」
ずり落ちかけた眼鏡を直し、アンネッラは言葉に力を込めた。
「恐くなどないのですわ……! やってみせます! 女は度胸です!」
言えば言うほど無理している感が出てくるのだけど、とトゥルーは思うも、それを口に出したりはしない。長い付き合いだ。アンネッラの怖がりが今日に始まった話ではないことくらいとうに承知している。そもそも怖がり治療の一環として、この作戦にアンネッラを誘導したのはトゥルーその人なのだから。
ゆえにトゥルーはあえて、思っているのとは正反対の言葉を告げた。
「恐くないのね。それは頼もしいわ」
「た、頼もしがってください、ですわ……!」
言いながらアンネッラは、すぐ隣に割り入ったクロストとシルキィから、じわじわと距離をとりはじめていた。アンネッラは彼らとは初対面だ。旧知のコーディアスやジーンたちほど安心して関わることができないようである。
(怖がりはともかくとして、せめて人見知りだけでもなんとかできないものかしら)
頬に挙げた右手の指で、トゥルーは目元をそっと掻く。
●
汚れた白い塗装が経年劣化し、剥がれ落ちてくるかのように雪が降りはじめている。
真鍮の鎖が冷たい音を立てた。
鎖の先についているのは懐中時計、その尖った針を確認し、クロストは囁くように告げた。
「そろそろだ」
うなずくとコーディアスは、両手で雪をざくりとすくい、かがり火に浴びせる。
三度これを繰り返せば足りた。火は消え、夜の闇が舞い降りてきた。
熱と光が去った途端、アンネッラがぶるっと身を震わせる。大丈夫、とトゥルーが彼女の両肩に手を載せた。
主たる光源こそ失われたものの、シルキィが用意したカンテラはある。クロストは目を凝らし、墓場の奥からやってくるものに備える。
頬の産毛が逆立つような感覚がある。
近い。
来ているのだ。あの闇の向こうに。
ジーンは上唇を舐めた。
最初、それはぼうっとした霞のように見えた。
だが近づくにつれ、黒い長衣をまとった集団だとわかった。
聞こえてくるのは冴え冴えとした鈴の音、それだけだ。足音はない。
八人連れ。深くフードを被っているせいか顔は見えない。
真夜中の葬儀、と見えないこともなかった。彼らが一様に、半ば透けた亡霊の姿でなければ。
「来やがった」
胸の内、熾火(おきび)のように燃えるものを隠しながら、ジーンは眼に刃のような光を宿す。
「ほら行くぜ!」
強張った肉体に活を入れるようにジーンは声を上げた。
「ルーツ、付いてこれるか」
「だ、大丈夫ですマスター! 僕頑張れますから!」
「いい返事だ」
言うが早いかジーンは行列の前にたちはだかった。
しかし威勢が良いのはここまでだった。
ジーンは目にしたものの禍々しさに刹那、息が止まりそうになる。
怨みをはらんだ霊体、すなわち『怨霊』とはよく言ったものだ。鬼面人を威すような奇っ怪さはないものの、フードに隠れた黒い容(かんばせ)、その奥の憎悪に染まった眼差しに、ジーンは射すくめられるうような気がしたのだった。
先導役だけではない。どのセメタリーからも同じものが伝わってくる。
けれどもジーンの脳をよぎった言葉は、恐い、でも、助けて、でもなかった。
しゃらくせえ、その一言だった。
「死人が現世でフラフラしやがって」
抜刀し一閃する。
「俺がきっちりあの世にぶち飛ばしてやるよ!」
本来ならば剣が直接届く距離ではなかった。
だが、『烈空』の奥義は不可能を可能にする!
ただの一跳躍でありえない距離を稼ぎ、振り下ろした剣尖は剣歯虎の牙のように、先導役のセメタリーに斬を下した。
悲鳴は聞こえない。
叫びも、
しかし生木が裂けるような音を立て、セメタリーは夜の空に飛び上がったのである。
同時にセメタリーは手にしたカンテラから、青白い火炎を噴き出していた。反射的にジーンは防御姿勢を取るも間に合わず、肩口を灼かれ石畳の上を転がった。
焔なのに熱がない。
いやむしろ、熱を奪われたように感じる。凍てつく。
「そうこなくっちゃな!」
追ってこいよ、そう一声すると灯を持つルーツを急がせ、ジーンもその後を追った。
●
「こっち! こっちだよ!」
麦の穂色のおさげ髪を振り乱し、シルキィが合図を送っている。
駆けてくる姿が見えた。
ジーンだ。ルールを武器に同化させ単身馳せる。
そのジーンを追ってくる亡霊の群れも。
シルキィが魔導書に同化する。準備完了だ。
「ここがふんばりどころだ」
クロストは深く息を吸い込んだ。空気は冷たい。意識がしゃんとしてくる。
戦場慣れをしていると、胸を張って言える自信はない。
むしろ不慣れであり緊張していると言いたい。
だがそう告げて何になる――とクロストは考える。だから堂々と、少なくとも堂々と聞こえるように声を上げた。
「任せて!」
敵をおびき寄せ走ってくるジーンが、攻撃を受けていることをクロノスは見抜いていた。
右の拳を握って開く。意識を集中する。手ではなく、空にあるという大いなる存在に向けて。
やわらかな輝きとともにぼんやりと光が現れた。輪の状態になっている光、すなわち光輪だ。火炎の赤ではない。セメタリーの目が有す青白い光でもない。もっと清らかで混じりけのない、純然たる白い輝き。
輪が直径をひろげてゆく。輪の名は『ホーリーリング』、癒やしをもたらす生命の光、死の匂いに満ちたこの空間に救いをもたらすものである。
「……この者を癒やし給え」
クロストは低く詠唱すると、ジーンに治療を施した。
ジーンを追ってきた葬送行列は、決して走っているようには見えなかった。ただ前傾姿勢をとっているだけ、けれども風のように速い。
その勢いが唐突に止まった。
「よし来い!」
一声、コーディアスがコートを脱ぎ捨て『火界咒』を放ったのである。
のたうつ炎の大蛇、それが火界咒のもたらす幻像だ。闇の中突如現出した紅蓮の大蛇(おろち)は、鎌首をもたげ牙より火炎の雫をしたたらせ、やはり炎でできた針のごとき瞳孔を狭める。亡霊ならずともこの光景には、たじろいだとしておかしくはない。
火炎大蛇はセメタリーに襲いかかった。餌食は先導役、赤い猛火に包まれ身悶える。
闇が途絶えた。コーディアスに先んじてルゥラーンが、かがり火にカンテラの火を移していたのである。事前に油を吸わせ燃えやすくした薪を入れていたので、またたくまに灯は息を吹き返した。役目を終えたルゥラーンはすでに、コーディアスの薙刀に同化している。
このときコーディアスは見た。先導役のセメタリーを包んだ炎だがこれはあくまでイメージにすぎない。他のセメタリーに火が燃え移ることはなく、現れたと思ったときにはもう火は消えている。火界咒を用いて薪を燃やしたり、火事を起こしたりはできないのだろう。
しかし戦いの烽火(のろし)としてならこれで十分だ! コーディアスは叫ぶ。
「行くべき所に行ってもらおうか。火葬してやる、成仏しろ!」
金属を擦り合わせたような甲高い声を上げ、棺の担ぎ手と未亡人らしきセメタリーがそれぞれ、両手をひろげ飛来してくる。棺桶はといえば、その場に音もなく残されていた。
「あの棺……?」
トゥルーはふと気になったものの、今はそれどころではないと考えを打ち消す。
「き、気味が悪いですわ……!」
悲鳴に似た調子で、彼女の主ことアンネッラが声をうわずらせたのだった。
「近寄らないで下さいませ………!」
アンネッラの髪は逆立っているように見える。彼女は杖を両手で握り腕をうんと伸ばして、ぎゅっと目を閉じ精神を集中させようとしていた。肩に力が入りすぎている。腕は地震の最中のように上下に揺れていた。
「力を貸すわ」
トゥルーはアンネッラの手を取り、みずから彼女の杖と同化した。
たとえジョブレゾナンスできようと、アンネッラが自己を制御しきれなければ結果にはつながらなかっただろう。しかし日頃の鍛錬はアンネッラを裏切らなかった。まもなく杖の先端付近に、あかあかとした火炎が渦を巻き始めた。
「マグナススフィア……!」
炎は火炎弾となり射出された。炎はたちまち担ぎ手の一人を包み込む。
「やった……!」
アンネッラの目が輝いた。強烈な一撃だったようだ。セメタリーは空中に吹き飛ぶと、そのまま四散消滅したのである。ところが、
「ひぃ! 何で近寄ってくるのですか……!!」
セメタリーは一体きりではない。すぐにその空間を埋めるように、別の個体が現れ追ってくる。
アンネッラの足は震える。歯の根は合わなくなる。炎を飛ばして熱いくらいのはずなのに、寒さはますます増すばかりだ。もう駄目! 今すぐ頭を両手で抱え、その場に座り込みたい!
(あらあら、大丈夫? アンネッラ……アンネッラ!)
恐慌をきたしかけたアンネッラを、力強く現実に引き戻したのはトゥルーだった。心の中から大きな声で呼びかけて、
(しっかり倒せたじゃない。いくらお化けといっても倒せるものなら恐るるに足らずよ)
それに、と告げる。
(私がいるわ。みんなもいる。だから大丈夫、落ち着いて)
亡霊はアンネッラに触れることはない。すでに前衛を、コーディアスとジーンが固めているから。クロストも中衛の位置でその両者を支援していた。アンネッラの位置は最後方、簡単に突破されることはないだろう。
「そ、そうでしたわ……! 私は、ひとりじゃない。魔法もある……!」
アンネッラの瞳に、意志の力が蘇っていく。
●
冒険者が一群となり、やはり一群の亡霊と対峙する。
前衛に立つコーディアスとジーンの二枚看板が、亡霊の侵入を退けた。毒液を放つ『未亡人』セメタリーには難儀するも、そのたびに手早く、クロストの解毒術(デトックス)が被害拡大を封じた。後方を支えるアンネッラの火力も強力だ。
この時点で先導役は消滅寸前、担ぎ手にいたっては四体が消滅している。
しかしこのままでは終わらない。攻めあぐね業を煮やしたのだろう。セメタリーたちはにわかに散ると、新たな戦法を繰り出してきたのである。
すなわち、空から。
「奴ら、飛べりゃ優位だと思い込んでやがる」
ジーンは毒づいた。その一面があるのは否定できない。霊が笑うとは思えないが、未亡人霊の口元がにやりと歪んだように見えた。
「いずれそうくると思ってたよ」
コーディアスはジーンにうなずいた。
「なら、こっちも次の陣形といこう」
当然彼らもその可能性は読んでいた。だから対応は早い。
コーディアスとクロストは、背中を預けあう姿勢を取った。
互いが互いの生命線、振り返らずそれぞれの目に見えるものだけと対峙する。
(呪われた魂か……)
コーディアスの息づかいを聞きながらクロストは思う。
ここまでの戦いで、クロストはセメタリーと何度も向かい合ってきた。そうして彼は、漠然と考えていたものを確信に変えていた。
(彼らは、解放されたがっているんだ)
いつまでも呪われていたい者はいない。この戦いは、セメタリーにとって救済でもあるのだ。
よしきた、とジーンもアンネッラと背中合わせになった。
「魔法、俺にぶつけんなよ」
軽口めいてアンネッラに呼びかける。
「そ、そうならないよう努力しますわ……!」
しかしアンネッラのほうは、『ど』がつくほど真剣に返してきた。
「マジで頼むぜ! 味方に丸焼きにされたんじゃ洒落にもならねえ」
ジーンは苦笑いした。アンネッラとは何度も組んでおり力量は信じているが、こんなに怯えている彼女を見るのは今日が初めてだった。
「さあて」
ジーンは夜空を見上げた。
「空にいるからって油断してると叩き落としちまうぜ! こんな風にな!」
ミドルソードを虚空に叩きつける。剣の軌跡は真空の刃と化し、うなりをあげ鮫のように、飛来する未亡人セメタリーの首筋に食らい付いた。耳を聾す程の残響音。毒液を空にまき散らすとセメタリーは天に召されたのである。
「わ、私は、怖がってなんていませんわ……」
この短い時間で味わっている究極的な恐怖と混乱で、アンネッラの視界は曇っていた。雪の舞う夜だというのに、温かい涙があふれそうになっている。だからといって、ジーンの危惧するような事態を招くわけにはいかない。
「トゥルー! どちらに敵や味方がいるのか教えて下さい……!」
(真上よ)
息はぴったりだ。トゥルーの指示通り真上に炎を放ったアンネッラは、見事、先導役のセメタリーを紅に包み討ち取ったのだった。
もはや残るセメタリーはわずか二体、だがクロストは決して安心はしていなかった。
(セメタリーは九人って話だったね)
シルキィが呼びかけてきた。
「ああ、そのことを考えていた。でも私たちはまだ八人しか見ていない」
「目撃証言の間違いかもしれないけど……」
と言葉を継いだのはコーディアスだ。
「試してみたいことがある」
コーディアスが手を一振りすると、いずこからか呪符と、小さな藁の人形が出現し両手に収まった。ルークとアンネッラが二体のセメタリーを撃破したのを確認し、シャーマンの禁呪を発動する。
「墓標に刻まれた名は『ロバート・ドレイク』! 卿よ、潜んでいるのであればその姿を見せよ。墓の下から出てくるか? 死んでからも他者を支配する暴君か? いずれにせよ、曝いてみせる!」
念を込めると呪符に、『ロバート・ドレイク』の名が焼き込まれるようにして浮かび上がった。
呪符を人形に貼ると同時に、コーディアスは両手でこれを、引き裂く!
耳をつんざくほどに大きく、呪わしく太く重く、千の楽器で生みだされたような不協和音が墓地全体を揺るがした。
(やっぱり……)
棺ではなかった、とトゥルーはつぶやいた。セメタリーが棺を足元に置いたこと、それに彼女は疑念を抱いていた。あの棺桶は空なのではないか、そう感じていたのだ。
その通りだった。
砕け青白い光を放ったものはセメタリーたちからずっと後方、石で作られた聖者の像だったのである。石がこぼれ落ちたその下から、無残な姿がまろび出る。
(ヒィィ!)
シルキィの怯えた声が聞こえる。クロストも飛び上がりそうになったが懸命にこらえた。
これがドレイク卿の正体だろう。シルエットこそ聖者像に似せてはいるものの、それ以外は似ても似つかない。茨をそれこそ何百本、撚り合わせて人間の姿を模した風、しかもその茨がすべて、腐乱したように赤黒く、ぬらぬらした粘液をしたたらせているのだ。口は裂けて牙がのぞいているが、牙の生え方は不揃いだ。眼球にあたる部分は熱で溶けたガラス玉のようで、その右目からだけ、液体のようなものが絶えず流れ落ちていた。
しかしクロストは目をそらさない。
「こんな姿になるような呪怨の感情……それがなんだったのかはもうわからない」
しっかりとドレイク卿を見つめる。
「だけど、その苦しみから解放することなら、できる!」
亡霊は目を見開いた。背に翼が生えたのである。羽ばたき迫るその顔面を、迎えたのは炎の塊だった。
「ま、まだ近づくというのなら、こちらにも考えがありますわ……!」
声こそ震えているものの、アンネッラは逃げようとしていない。新たな魔法の詠唱準備に入っている。
「やっと出たなバケモノの大将!」
と言ったのはジーンだ。まるで恐れをなしてはいない。
「静かに出てくるのならまだしも、こういう派手なのはむしろ笑えるぜ……とっとと消えちまいな!」
不敵に笑んでジーンは刃を、天も裂けよと垂直に振り下ろす。飛ぶは空斬ソニックブーム、亡霊の肩に突き刺さる。
ふたたびうねるは炎の大蛇。
「終わらない葬送を終えるのは僕たちだ!」
大蛇を繰るのが火界咒、その使い手コーディアスであるのは言うまでもない。
亡霊は吼え、長い爪でジーンを襲った。ジーンはこれを防ぐと、逆襲の一太刀を浴びせる。コーディアスからも一撃を受け、亡霊は下がって距離を取った。
怯んだのかと思いきや、これぞセメタリーの狙いだった。
亡霊ドレイクは両腕を広げた。針状の骨が三本、回転しながら飛びだす。その切っ先はコーディアスを、ルーツを、さらにアンネッラを狙う。
しかしアンネッラに針は届かなかった。
「させない!」
クロストが身を挺しこれを防いだからだ。二の腕に針が突き立った。
仲間を護りできればスキルを出さずに済ませる。それがクロストの理想である。敵の攻撃が激しくスキルなしは成立しなかったものの、仲間を護るという理想はまだ生きている。
(クロスト! 大丈夫!)
シルキィが呼びかけてくる。平気だとクロストは言い、同じく振り返ったアンネッラに、
「今だ!」
と声を上げた。
「亡霊は攻撃を放った直後……強力な一撃を放つなら、今しかない!」
「……わ」
アンネッラは一瞬息が詰まりそうになる。まだ彼女はクロストという人物のことをよく知らない。知らないから、話すのに抵抗がある。
けれどアンネッラは力を振り絞っていた。そうするだけの理由があった。
「わかりました!」
アンネッラの足元に魔方陣が完成していた。
「これが私の全力……」
烈しい、この夜で最も烈しい炎の渦が、魔方陣を中心として巻き起こった。熱風に寒さは消し飛び、勢いでアンネッラの前髪は吹き上げられている。
「覚悟してください……!」
と彼女が叫ぶや否、炎の渦は亡霊を呑み込んだのである。
炎が去り、寒さと静寂が戻ったとき、亡霊の姿もまた、跡形もなく消滅していた。
●
「やっぱり寒いな……!」
クロストが両腕をさする。
雪がまた降り出していた。あの戦いが嘘のようだ。死のような寒気が墓場に戻ってきている。
「早く戻ろう」
シルキィが身を寄せてきたので、クロストはその肩に手を乗せる。
「そうですわね」
火が恋しいですわ、とアンネッラが同意した。ごく自然にクロスト主従に応じたアンネッラを見て、トゥルーはあえて何も言わず、微笑している。
墓地をぐるりと眺め、
「お騒がせしたね、良い眠りを」
と告げると、コーディアスはコートをルゥラーンから受け取った。温かい酒が恋しい。ベッドも。
「おい、何やってんだ」
ジーンがルーツに声をかける。彼女は一人、『ロバート・ドレイク』の墓に手を合わせているのだった。
「……安らかに眠ってください」
物好きなこった、とジーンはつぶやいた。
しかしルーツの祈りが終わるまで、その場所を動かずに射た。
後日彼らには、付近住民から謝礼金が支払われたという。
依頼結果
依頼相談掲示板
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[1] ソルト・ニャン 2018/02/01-00:00
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やっほにゃ~ぁ 挨拶や相談は、ここでお願いにゃ~! みんなふぁいとにゃにゃ~
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[10] アンネッラ・エレーヒャ 2018/02/05-23:49
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参加ギリギリになりまして申し訳ございません…! メイジのアンネッラ・エレーヒャと申します。 ミサンガ喜んでいただけたようで嬉しいです…!
ギリギリ過ぎたため、話し合いの場の内容を鑑みず行動しているので、行き当たりばったりで合わせようと思っております。 皆様には当てないよう細心の注意を払い魔法を放つ予定です。
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[9] コーディアス 2018/02/05-19:20
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更に人が増えてくれたね、心強いよ。よろしく。 アンネッラさんは、前回ミサンガをありがとう。
焚火で暖取る場所についてなんだけど、墓地内の戦場予定地でする事にしてる。 墓地外の方がいいかとも思ったけど、中でも特に問題点は思いつかなかった。 作戦開始前には焚火消すし。 異変に気づいてまっすぐこっちに来るとかはあるかもね。
あと、余裕あれば消された篝火再点火、9人目探して棺桶ぶった斬り、てプランに入れた。
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[8] コーディアス 2018/02/04-23:55
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人が来たね!やった!よろしく。
えーと、大丈夫かな? 僕の考えを元にするとこんな流れになると思う。
①明るい内に現場下見して戦闘場所見つけておく(墓場内の開けた場所) ②夜、焚火で暖取りつつ皆と打合せ ③時間になったら行動開始 ④戦闘場所に近い所に奴らが来たら攻撃仕掛けて誘導して本戦 ⑤9人目登場 ラスボス戦
ジーンさんが誘導をしてくれるなら、これでいうと④で初撃をお願いする事になるかな。 僕は篝火に点火。
①は僕だけでもできると思うから省いて貰っても大丈夫かも。
意見あったらよろしく。(何か考え甘そうで自信はない)
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[7] クロスト・ウォルフ 2018/02/04-22:10
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クレリックのクロストだ。よろしく。 戦闘はどの程度役に立てるかわからないが…毒攻撃があるようだから解毒と回復を用意していく。 他には照明と魔法弾で援護を考えている。事前の準備等があれば手伝う。
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[6] ジーン・ズァエール 2018/02/04-20:00
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そういや書き忘れてたことがある
戦闘でまず狙う相手は先導役や未亡人とかの厄介な能力持ちにする予定だが「こういう攻撃をしたいから他を狙ってくれ」とかあればそっちを優先する
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[5] ジーン・ズァエール 2018/02/04-19:53
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相談期間2日とかかなりやべえなおい というわけでヒューマンでウォーリアのジーンだ。よろしく
ガイドでも注意されてる事もあるし、寒さ対策は防寒具で対処する 暖を取れるならそいつも使わせてもらおう
戦闘の時のポジションは前衛。これで最低限前衛と後衛は揃うからなんとか戦えるな 一応ヘイト稼ぎつつ誘導もできるだろうから指示さえあれば可能な限り連れて行くぜ
明かりに関してもスレイブに持たせればいいし、篝火もあるっていうから利用させてもらう だが、奴らの知性がどの程度かしらねえが毒液とかで篝火を消してくる可能性があるからそこも注意だな
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[4] コーディアス 2018/02/04-15:19
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篝火に点火っておかしいか(汗) 戦闘場所にかがりを用意しといて、戦闘開始時に点火できるよ、て意味。
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[3] コーディアス 2018/02/04-14:19
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≪つづき≫
他に、戦い易い場所(開けた場所)に誘導する必要がありそうかな。 奴等、墓地からは出なさそうな気がするけど。
あと、僕は主に上から来るやつ対処したい。 前衛職さんがいなければ前に出る事も考えるよ。 明りも兼ねて今回も炎スキル持ってくかな。 スキルで篝火に点火可能だよ。
今はこんなとこ。
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[2] コーディアス 2018/02/04-14:18
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シャーマンのコーディアスとパートナーのルゥラーンだよ。 よろしく。 まだ僕等だけだけど、相談期間もないし考えてる事言っとこうかな。
明るい内に墓場の下見して、戦い易そうな場所把握しときたいな。 寒さ対策は防寒着と、墓場の近くで焚火して暖とっておくのもありかな。セメタリ―は音を出すから来たら気付けると思うし。
戦闘については まず、夜だから明かりが必要だと思う。 だからスレイブにカンテラ持たせて照明係りして貰ったらいいんじゃないかと思う。ジョブレする時は木にでも引掛けてもらって?とか。 もしくは、篝火を焚いておくのもありかも。状況にどう影響するか気がかりだけど。
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