プロローグ
どんな賑わいにも終わりがある。
どんなに眩しい夜であろうと、やがて静寂は訪れるのだ。
それは、第二帝都完成記念祭であっても例外ではなかった。
騒ぎが夜通し続くのも、せいぜい中心部や大通りに限った話だ。陽が沈めばもう、帝都周縁あたりではその日の祭の片付けが始まっている。といっても明日も使うものだから、ランタンや飾りつけが倉庫にしまい込まれるわけではないが。
祝祭は明日も続く、それは事実だ。けれど明日も生活は続くし、祭が現実に取って代わることはない。仕事や学業がある者もいるし、大人は糧を用意しなくてはならないだろう。
ずっと祭のなかにいるわけにはいかないのだ、大抵の人にとっては。
◆◆◆
「マスター?」
と、あなたのスレイブが言った。
「なにか考え事ですか?」
大通りから抜けて静かになった小道で、あなたが急に黙り込んだことが気になったらしい。
「そういうわけでは……」
と言いかけて、あなたはゆっくりと首を振った。
「いや、確かに私は考え事をしていた。柄にもないことだが」
それは?――と問いかけようとするスレイブの頬に、あなたは手を触れていた。
冷たい頬だった。けれども、やわらかい。内側には熱も感じる。
「マ、マスター!? どうしたんです?」
「ごめん。ちょっと、確かめたかったんだ。きみの存在を」
あのとき喪いかけたスレイブ、娘のようで、恋人のようで、守護天使のようでもある存在……あなたは彼女に触れて、彼女が『ここにいる』ということそのものに安堵する。高温に熱した岩を冷水に投げ込んだときのように、賑わいから静寂への急激な落差によって生じた心の亀裂が、ゆっくりと埋められていくような気がした。
あなたのスレイブは、その言葉に直接こたえはしなかった。けれど、
「あの……マスター」
おずおずと言ったのである。
「よければ手を、つないで帰りませんか?
◆◆◆
……と、いうのはあくまで一例だ。
祭典のあと、あるいは祭典のさなか、ふっと生じた短いひととき、あなたとスレイブが向かい合う時間あるいは瞬間を描いてみたい。
あなたと彼女は冗談を言って笑いあうのか、互いを意識していると伝え合うのか、それとも、恋する気持ちを垣間見せるのか……それは、あなたたち次第だ。
解説
あなたとスレイブの交流を描くエピソードです。
あなたとスレイブが仲睦まじくしているところや、他愛のない意地の張り合いに興じるところ、ちょっと手をつないじゃったりするところなど、「やってみたいこと」「見てみたい二人の姿」を簡単で結構ですので、こっそり教えて下さい。私がそれを短いショートストーリーのように仕上げ、お返しさせていただきます。
皆様には『アクションプラン』というものを書いて頂きます。これは「あなたとスレイブが祭の片隅でどんなひとときを過ごすか」を説明頂くというものです。
といっても難しく考える必要はありません。簡単に「あらすじ」を書く程度で大丈夫です。
たとえば、
僕「綺麗だ。よく似合うよその服」
彼女「ちょ、ちょっといきなり褒めないでよね! 心の準備が……」
というように、ふたりのセリフを交互に箇条書きで書くだけでも内容を酌み取って描かせていただきます。
完全な白紙以外ならなんとかしますので、あなたらしい書き方で表現してみて下さい。
ご存じのように現在、第二帝都ディヘナやその周辺地域では都の完成記念祭が行われています。
派手な催しではありますが、その真ん中で祭に興じる、上記『あくまで一例』のように静かになったあたりでを歩くという状況でも自由です。イメージしやすい場面設定をお勧めします。
ゲームマスターより
ゲームマスター(GM)の桂木京介と申します。読み方は、『かつらぎ・きょうすけ』です。
この『幻想的絶頂カタストロフィー』では初めてシナリオ(本作では『エピソード』と呼びます)を出させていただきました。
こういったゲームに慣れているかたは、サクサクアクションプランが書けるかもしれませんね。
不慣れあるいは初めてで、どうしたらいいのか判らないかたもご心配なく、プランの書き方に正解はありません。たとえ短くても、やりたいことがはっきり書いてあればそれでOKですよ。
もし文字数が余るようであれば、あなたのキャラクターとスレイブのセリフを書いてそれで埋めてみても楽しいと思いますよ。
それでは次はリザルトノベルで会いましょう!
桂木京介でした。
【祭典】Touch me Heal me. エピソード情報
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担当 |
桂木京介 GM
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相談期間 |
3 日
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ジャンル |
ロマンス
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タイプ |
EX
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出発日 |
2017/10/19
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難易度 |
とても簡単
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報酬 |
なし
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公開日 |
2017/10/29 |
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祭典の後の帰り道
アリアと二人静かな暗い街を歩いている 大丈夫かい?今回(大規模)ではだいぶ駆け回ってしまったからね スレイブの体力は普通の女性並みだし 「何なら連れて帰ってあげようか?」
容赦無いねぇ。第二帝都を守った正義の味方だというのに……
静かだね それでも明日の朝になれば祭りはまた始まる
……人が死んでも同じだ。どれだけ絶望しようが悲しもうが日が昇れば薄情にも生きていく 私の場合、殺しても死なないやつと思われてるだろうが(苦笑)
きっとアリアが思っているのは”彼女”の事かな 自分に言い聞かせてもいるのだろう、生きなければならないと そして私の為に言ってくれてるのだろう
「そうだね帰ろうか。また明日が来る」
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祭りの片隅……で、そう言えば……的に”ふと”思う。こうやって……祭りを一緒に観るのは、何度目だっただろう? 昔を思い出しつつ……そう言えば、トナリテさんが横に居る様になって……もう、だいぶ経ちましたよね……的な。(懐かしむ様な感じに)
(※PC・スレイブ共、アドリヴ大歓迎。状況も、お祭り見物中である事……以外の部分は、おまかせです)
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蛇神 御影( 陽菜 )
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ヒューマン | グラップラー | 20 歳 | 女性
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喧騒が少し煩わしくなった 人通りの少ない所でベンチにでも座ってスレイブと話す 話す内容は祭りのこと、こういう催しもたまにはいい
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スレイブのアルフォと一緒に祭りを楽しむ。 一通り出店を回った後、どこか座れる場所で腰を落ち着けて会話。 そして、アルフォに日頃の感謝を伝える。 改めて言うのは少し気恥しい気もするが、特別な日だからこそきちんと感謝を伝えよう。
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せっかくだからとかいうルーツの言い分に乗って中心部の巡回をしてるが、平穏すぎて退屈だ。退屈すぎて戦場じゃないのに死にそうだ というか騒動もねえのに人だけ多いってムカつく 滾る戦いもねえのに、こんなに騒いで何が楽しいんだか。俺には一生理解が……後ろが騒がしいな
神輿が来やがったのか。面倒だが脇に逸れるぞ はぐれると面倒だからルーツを建物の壁に寄せて俺が壁になりっと……ルーツが赤面してるが、祭の熱気にやられたか?
っと、後ろから押されたせいでルーツを潰しちまった。押した奴ぶっ殺すぞ おい無事……じゃねえ。気絶しやがった
……仕方ねえ。抱きかかえて運ぶか。病人運んでると言えば道を開けてくれるかもしれねえしな
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アンと出会う前は俺一人が当たり前だったんだけどな
蒼い甚平着用 帯に扇子を挟む 親は幼少時に他界 顔もうろ覚え
祭りの後のこの静けさは嫌いだ ゲームをしてる時に得られるあの高揚感は永遠ではないと、終わりを感じさせるから 暗いのは嫌いだ 眠りについたら二度と目を覚まさず永劫闇の中を彷徨う感覚を抱くから 独りは、大嫌いだ 鏡に映る自分を見ているようだから
たまにはこーいうナイーブな俺様も見せておかなきゃアレだろー? 完璧超人すぎっから! はいはい、ほら(しゃがんで振り向く 帰ったらチェス勝負なー
桂木さんが描くレイとアンの物語が見たいので、 今回はアクションは敢えて薄めにほぼお任せにします…! 無理せず休める時に休んで下さいませ
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踊った踊ったー! 酒を飲みいい気分でちょっと足が覚束ない彼を支えてどこか座れる場所へ誘導
コ「ルゥがあんなに踊れるなんてびっくりしたよ ル「私、上手く踊れていましたか? コ「まあまあだね でも… ル「でも? コ「もう少し可愛く笑えたら合格あげるんだけど ル「顔…硬かったですか? コ「いや? いつもの上品な笑みだった ル「可愛いとは違うんですね? 可愛い笑みってどう…? コーディ?
肩にもたれて眠ってる 可愛い笑顔…こうかしら?と顔を作ってみる そんな事してたら目を覚ました彼が顔を見て爆笑 ル「そんなに笑ってないで可愛い顔教えて下さい コ「ん? いいよ君はそのままで可愛いから… また眠った
たちの悪い寝言 本気にしますよ? ふふ
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心情 大きな祭り…わぁ…!人が沢山でとても凄いですわ! 何だかキラキラしておりますし…見たことが無いものばかりですわね! 目標は出店全制覇!頑張りますわ!
行動 基本目についた出店に突撃していきます 暴走し過ぎる前にトゥルーが止めて下さるでしょう …え?不安過ぎるからトゥルー主導で動くのですか…うーむ、確かに私のペースですと回りきれませんものね。いつも気付いてくれてありがとうございます
ア(いつもお世話になっているトゥルーに何か贈り物が出来たら良いですが…このお祭りで見つかるでしょうか?) ト(素直にお礼を言うのは良いのだけれど…もう少し落ち着きを持ってくれたら嬉しいわね) 2人の気持ちが伝わりあうのはいつか
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参加者一覧
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蛇神 御影( 陽菜 )
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ヒューマン | グラップラー | 20 歳 | 女性
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リザルト
●
星空がスウィングしている。足はまだステップを踏んでいる。
大通り公園の灯から離れても、賑やかさはまだ、胸の内にこだましていた。
「踊った踊ったー!」
まさに夢心地、『コーディアス』の口調は、酔いも手伝って普段よりも軽やかだ。
今宵、彼とスレイブの『ルゥラーン』は祝祭のパレードで、体力が続くかぎり踊りあかしたのだった。屋台で酒食を楽しんだ後、夜風にあたるべく静かな公園に入ったところである。
コーディアスは黒のフォーマル、ルゥラーンは白基調に赤をあしらい、ひらひらとしたレース飾りを加えたドレス姿だ。加えてコーディアスは、円形のプレートが連なったアクセサリを身につけている。ダンス中は彼がターンを決めるたび、円盤と円盤がこすれあって、しゃらりと砂時計のような音を立てたものだった。
「それにしても」
倒れ込むようにベンチに座ると、コーディは熱い息とともに思い出を口にする。最後にあおったジンが、まだ胃の中で温かい。
「ルゥがあんなに踊れるなんてびっくりしたよ」
「私、上手く踊れていましたか?」
うつむき加減でルゥは言った。彼女は膝を揃え、寄り添うように彼の隣に腰を落ち着けている。
「まあまあだね。でも……」
コーディは言葉を切った。
「でも?」
問い返す彼女の紫の髪に、月光が輪を生み出している。
「もう少し可愛く笑えたら合格あげるんだけど」
「顔……硬かったですか?」
ルゥは頬に手を当てている。
ゆっくりとコーディは首を振る。少し、振りすぎなくらいに。
「いや? いつもの上品な笑みだった」
「可愛いとは違うんですね? 可愛い笑みってどう……?」
まるで謎かけだ。『上品』と『可愛い』の間には、どんな差があるのか教えてほしい。
「……コーディ?」
返事がないことに、ルゥが思い至ったのは何十秒の沈黙の後だったか。
コーディの首は前に垂れていた。幼子が床に残した人形のごとく眠っているのだった。
ルゥは小首を傾げてコーディを眺める。
少女のように儚げで、しかし整った顔立ち。睫毛は月光を透かして、その長さをいっそう際立たせていた。つくづく美しい人だと思う。
どれくらいそうしていただろうか。ふと、
(可愛い笑顔って……こうかしら?)
彼を眺めながら、ルゥは頬に力を入れ笑顔を作ってみた。
ところがそのときコーディは、目を覚まし横を向いたのである。
コーディは突然、大きな声で笑った。
「そんなに笑ってないで可愛い顔教えて下さい」
拗ねたようにルゥが言うと、
「ん? いいよ君はそのままで可愛いから……」
あやふやにそうつぶやいて、またコーディは眠りの世界に落ちていったのだった。
それきりもう、軽くゆすっても起きない。
「たちの悪い寝言……でも」
ルゥの口元に、作り物ではない心からの微笑が浮かんでいた。
「本気にしますよ?」
●
心が震える! 震えて跳ねる!
「大きな祭り……わぁ……! 人が沢山でとても凄いですわ!」
万華鏡の中に迷い込んだような気分で『アンネッラ・エレーヒャ』は目を輝かせた。
彼女の瞳に負けず祭りの会場は、どこもかしこも端から端まで、燦然と光を放っていた。
これまでアンネッラが村の外に出たことは数えるほどしかない。こういった都会での盛大な祭りは初体験だった。だから歩くだけでまたは首を巡らせるだけで、あふれかえるほどの情報が彼女に押し寄せているのだ。
「トゥルー、あのあたりに集まっているのはすべて出店ですわよね!?」
「ええ、そうよ」
スレイブの『トゥルー』は、幼い娘を見守る母親のような表情でうなずいた。
「見てみたいですわ!」
と言うがはやいか、ほとんど突進する勢いでアンネッラは出店に駆けていく。
「目標は出店全制覇! 頑張りますわ!」
「あらあら」
トゥルーは苦笑気味にアンネッラを追った。
アンネッラの跳ねる心は、さらに大きく舞い上がっていた。
「こちらも店も素晴らしいですしあちらも素敵……ああ、どうしましょう!?」
あげく隣の店にダイビングすらしそうな勢いだったので、さすがにトゥルーは彼女を止めた。
「あらあら、あまり焦っちゃだめよ。ちょっと不安だから、私が主導で動きましょうね?」
と優しく、右手を頬に当てつつ言ったのである。
「うーむ、確かに私のペースですと回りきれませんものね。いつも気付いてくれてありがとうございます」
さすがにトゥルーは落ち着いている。路上のアクセサリーショップや土産物店、フリマなど、アンネッラが興味のありそうなところを中心に回ってくれた。うるさい呼び込みも自然に受け流してくれる。
「トゥルーがいてくれなかったら私、うっかり暴走したり間違った店に入ってしまったり、今ごろどうなっていたことか……」
うっとりした表情でアンネッラは言った。しかしそれも一時のこと、たちまち彼女の目は、服飾店にたくさん展示されたピアスを鷹のような目で物色していた。もちろん優雅に眺めているのではない。わりと必死に、棚にあるものをすべて見倒す勢いでせわしなく目を動かしているのだった。
それもそのはず、彼女には明確な目的があるからだ。
(いつもお世話になっているトゥルーに何か贈り物ができたら良いですが……このお祭りで見つかるでしょうか?)
自分のためではない。ほかならぬトゥルーのためだから、どうしても一生懸命になってしまうのである。
しかしアンネッラの心を知らぬトゥルーはまたも、あらあらとため息していた。
(やはりアンネッラは余裕がないみたい。素直にお礼を言うのは良いのだけれど……もう少し落ち着きを持ってくれたら嬉しいわね)
ふたりの気持ちが互いに伝わりあうのはいつになるだろうか。
●
夜であっても真昼のように、照明があかあかと灯っている。
「さーて、せっかくの祭りやし……楽しんでいこうか、アルフォ?」
とリラックスした笑みを浮かべているのは『エルヴァイレント・フルテ』、背中に剣を背負っているものの、今日の彼女は戦闘者ではなく、ほとんど観光者の心づもりである。
「うん……たまにはこんなのもいいね、エルさん」
嬉しげに『アルフォ』がうなずいた。いつも張りつめた気持ちではいられない。忙しい日々を送っているエルだからこそ、こういった機会に英気を養ってほしいと思う。
「食べ物の屋台だけでもこんなにあるんだー」
屋台が集まる区画に来たようだ。大通りの両側にぎっしりと、さまざまな屋台が軒を連ねている。
揚げ餅、炒り飯、汁物の椀、分厚い肉を小麦の皮でくるんだサンドイッチ風、デュオポリスの名を入れた焼き菓子……なじみのものもあれば生まれて初めて見るものもあり、その種類たるや博覧会といっていい規模だった。一通り回るだけで朝になってしまいそうだ。
「エルさん、どれを買おう?」
「フィーリングでいってみようかー。できれば食べたことないものを!」
噴水のほとりに腰を下ろして、エルとアルフォは油紙でくるまれた包みを開けた。
ふたりが選んだのは、握り拳ふたつ分はある変わり種のドーナツだった。中身は挽肉とレンズ豆のカレーソースなのだという。『カレーパン』という耳慣れない名称がつけられていた。
大きく一口かじってエルは目を白黒させた。一緒に買った乳飲料を慌てて飲む。舌を火傷しそうなほど熱い! だがとても美味だった。
しばしふたりは、火の玉みたいなドーナツをふうふうと吹きながら味わった。
やがてエルが告げた。
「アルフォ。いつもありがとうなー」
「どうしたの? 改まって……」
やや長いワンピースの袖から出た両手で、ドーナツの包みを持ったままアルフォは目を丸くしている。
いや何というか――と、照れくさげに頬をかきながらエルは続けた。
「家事とか任せっきりにしちゃってるけど……文句一つ言わずやってくれて、いつも助かってるんよー」
それを聞くと、アルフォはにっこりと笑みを見せたのである。
「いいんだよ。ボクはエルさんのスレイブで……エルさんは、大事なお姉ちゃんだし」
アルフォの頭のウルフ耳が、そろってぺたっと倒れていた。
「でも、感謝してる、ってことは前提にしつつー」
コホンと咳払いしてエルは言った。
「もうちょっと料理の腕は上げたほうがいいんじゃないかなー」
ちょっとでいいから、と苦笑いしている。
「うっ」
まさかここでこう来たか。思わぬ不意打ち発言をうけ、アルフォの両耳はたちまちぴょんと立ち上がっていた。
「人が気にしとることをー」
「ははは、ごめんごめんー」
ふたりの間に笑い声が起こった。
●
どんなに心地良い音楽でも数時間ずっと聞かされていれば騒音になるし、いくら美食でも、飽かず食べ続けるというのは無理というものだ。
祭りの喧噪も同じだ。ずっとその中心にいたせいか、少し煩わしくなってきた。
そんなことをぼんやり考えている自分に『蛇神 御影』は気がついたのである。
といっても平素、喜怒哀楽をあまり表にせぬ御影だ。うんざりした様子など見せないが、ぽつんと一言、
「休憩しないか」
とスレイブの『陽菜』に告げ、返事も聞かず歩き出していた。
しかし陽菜は驚いた様子で声を上げた。
「ええっ!?」
そうして、げっ歯目の小動物みたいに、あたふたと御影の周囲を巡る。
「お腹の具合が悪いとか!?」
「悪くない」
「膝の調子が悪いとか!?」
「問題ない」
「ではでは、頭が悪いとか!」
「それは別の意味に聞こえる。……いずれにせよいたって平常だ。ただ疲れただけだ」
陽菜の相手をするのにも少々疲れてきた――と言いそうになったものの、陽菜も悪気あってのことではないと思い直し、御影は無言で手近なベンチに腰を下ろした。その背はすっと伸びている。疲れていても姿勢がいいのだ。
御影はそこから、祝祭の様子を見守る。
これが現実の光景のようには思えなかった。祝い事があったからこその祭りなのだろうが、浮かれ騒ぐ度合いが尋常ではないような気がする。まあこういった感想を抱くのは、少数派だとわかってはいるのだけれど。
ところが御影の様子を見て、陽菜は急に元気をなくしてしまった。
「マスター、無理言ってお連れしてしまってすみませんでした」
と言って、水やりを忘れた切り花みたいにしょげ返っているではないか。
御影としても、陽菜を阻喪させることは本意ではない。そこで、意図して口調を柔らかくして告げた。
「……いや、つまらないとは言っていない。むしろ来て良かったと思っているよ」
口調を柔らかくして、と書いたが、このときの御影の言葉は、一般人の基準からすればやはり無感動な声色だったかもしれない。
けれどもそのかすかな変化を、きちんと陽菜は聞き取っていた。
文字通り四六時中一緒にいて、いつだって『マスター』のことを考えている陽菜なのだ。聞き逃すはずがないではないか。
「ありがとうございます!」
顔を上げた陽菜は起死回生、星々を瞳に浮かべていた。
「騒がしいではあるが、面白いところもあった」
「勿体ないお言葉です!」
陽菜に尻尾があったとしたら、きっと左右に大きく振れていたことだろう。
「小休止したら、次は屋台めぐりに参りましょう! たまには買い食いもオツなものですよ!」
祝祭で面白いものを見た……それは御影の正直な気持ちだ。
(一番面白いのは、今の陽菜かもしれないな)
そんなことを考えたとき、御影の口元に薄笑みが浮かんでいた。
●
そろそろ深夜にさしかかる時間帯だが、中心街での祝祭に収まる気配はない。光と熱は、翌の朝日を見るまで続く勢いだ。
少し疲れたので喧騒から逃れるようにして、『Shades=Dawn (シェーズ ダーン)』はテーブルつきの屋台に席を取った。
飲むことより座ることが目的だったから、運ばれてきたグラスにもすぐ手をつけず、底から泡が湧き、ゆらりと浮かび上がる様をただ眺めている。
グラスは鏡のように、シェーズの顔を側面に映し出していた。長いグレーの髪、左右で輝きを異にする両眼、純白に近い肌が確認できた。
しかしグラスは円柱状であるため、鏡像は縦に引き延ばされている。唇を開くと、真っ赤な口腔が大きく開く。
「そういえば、こうやって……トナリテさんと一緒に、祭りを観るのは……何度目でしょうね?」
シェーズはつぶやくように告げた。同行しているスレイブ『tonalite=douceur (トナリテ ドゥサール)』の返事はさほど期待していない。
けれど常にトナリテは忠実だ。このときも即座に、笑顔とともにこう告げていた。
「このお祭りは初めてですね。お祭り全般で数えても、まだ百回には少し足りていないのでございますよ」
そうですか、とシェーズは答えた。
正確さを求めれば彼女は、たとえば「九十五回目です」というように即答してくれるだろう。けれどトナリテがあえて「まだ百回には少し足りていない」というあいまいな回答を選んだのは、きっと自分が彼女に、魔法生命体ではなく『人』であることを求めているからだろうとシェーズは思う。そういった配慮ができるのがトナリテなのだ。実際、そのほうが彼の好みでもある。
けれどそうした入り組んだ想いを言葉にせず、シェーズはグラスを手にし、苦みのある液体を一口含んだ。
「トナリテさんが横にいるようになって……だいぶ経ちましたよね?」
「まだ、二十年ほどでございますよ? 急に老け込まれて……どうされました?」
トナリテの瞳に怪訝な色が浮かんだ。シェーズは打ち消すように、
「いえ、なんとなくですよ。僕が十歳を超えた後……でしたね、出会いは」
二十年といえばシェーズの人生の三分の二を占める。もはや間違いなくトナリテは彼の人生の一部だ。
もしトナリテがいなかったら、という状況はすでに想像しづらいし、それは、彼女のいない未来を予想するとしても同じであろう。むしろ、もっと早く出会っていたらどうなっただろうか、そんなことを考える。
そんな彼の心を読んだかのように、トナリテは言った。
「最近は、六歳くらいが定番らしいのでございますね」
「時代の変化と言いますか……歳も取るはずですよ。世間的には、まだまだ若輩者の部類……でしょうけれど」
シェーズは小さく笑って、グラスの残りを飲み干した。
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平穏すぎて退屈だ。
退屈すぎて、戦場じゃないのに死にそうだ。
その気持ちが『ジーン・ズァエール』の表情にはっきりと出ている。ジーンからすれば、祝祭というもの自体が、興味の対象から千里ほど外れていた。
もっとも彼を辟易させたのは、会場の人出である。立錐の余地もないとはまさにこのこと、前を見ても後ろを見ても人だらけなのだった。
「……騒動もねえのに人だけ多いってムカつく」
とうとうはっきりと口に出していた。
「ちょっと誰か殺し合いでもおっぱじめねえかな」
それまでも『ルーツ・オリンジ』は、苦虫をたっぷり頬張ったような顔をしているジーンにはらはらしていたのだが、これを聞いて思わず、困り気味に彼をたしなめた。
「マスター。お祭りなんですから物騒なこと言わないで楽しみましょうよ……」
「お祭り? 俺は血祭りのほうが好みだ」
「ますます物騒ですよう……」
眉が八の字になったルーツをちらり一瞥すると、いくらか興を感じたのかジーンはニヤリとするもすぐに復して、
「戦いもねえのに、こんなに騒いで何が楽しいんだか。俺には一生理解が……」
とむっすりと腕組みしたのだが、ふと振り返った。
「後ろが騒がしいな」
「お神輿が来るんです。ほら、賑やかですよ」
「とっくに賑やかすぎるくらいだろ」
たしかに、それは神輿であった。道いっぱいに広がる大がかりなものだ。これを十数人がえいほえいほと担いでいる。
ふん、と鼻を鳴らしてジーンは脇に逸れた。建物の石壁がある。
このときジーンがルーツの手をぐいと引き、彼女の背を石壁に当て、自分は彼女に覆い被さるような姿勢を取ったのは、単にはぐれないようにと考えたためだった。
けれど、
「マスター……!?」
ルーツにその理由はわからない。わからぬまま突然、彼と間近で向き合っている。
(これって壁ドン……そ、それよりなんで男同士なのにこんなドキドキするんだろう……)
ルーツは自分を男性だと思い込んでいるため、この感覚をどうしても理解できなかった。
いや、理解しないよう目をそらせていたのかもしれない。
でもジーンの呼吸は聞こえる。体温も感じられる――。
ルーツの頬は、かあっと熱くなっていた。
このとき、
「ちっ、押した奴ぶっ殺す……!」
ジーンが神輿の担ぎ手に背を押され、ルーツとの距離がぐっと近づいたのである。ルーツの体を押し潰してしまうほどに。
といってもルーツは痛みを感じなかった。だが平静ではいられなかった。
(マ、マスターの身体が当たる……すごい硬くて熱くて、匂いが……はうぅ)
たくさんの刺激が押し寄せてきて、ふっと失神してしまったのである。
「おい無事……じゃねぇな」
仕方ねぇ、とつぶやくと、ジーンはルーツを横抱きにして歩き出したのだった。
彼女の体は、想像よりずっと軽かった。
●
祭の魔法が徐々に衰えやがて解け、夜空の星となった気がする。
中心街はまだ煮える釜のように、祭典に茹だってもいようが、この通りは月が中天に達さぬこの時間ですでに、静寂と涼しさとに覆われていた。聞こえるのはふたりの靴音だけだ。
おもむろに『羽奈瀬 カイ』が口を開いた。
「大丈夫かい? 今回はだいぶ駆け回ってしまったからね」
カイはそのスレイブ『アリア』の身を案じていた。一連の事件においてカイはひたすら駆けずり回ったものだが、その間じゅうアリアは彼に従い、やはり走り詰めだったのだ。スレイブの体力は一般的な女性程度しかない。酷なことをしたものだとカイは思う。
「何なら連れて帰ってあげようか?」
ところがその言葉は、アリアの心に障るものだったらしい。
「結構です」
きっぱりと彼女は言った。
「貴方のスレイブである以上まともな神経と体力ではやっていけませんので。本日の当主の仕事を休んだ分、明日はしっかり働いてもらいます」
アリアの背は物差しでも背筋に入れたようにしゃんと伸びている。口調にも疲労の色はなかった。
「容赦ないねぇ。第二帝都を守った正義の味方だというのに……」
カイは苦笑いするほかはない。侮辱のつもりはなかったのだが
アリアは何も答えない。彼を見上げることすらしない。その雑念のなさこそアリアらしい。
数分して、カイは思い出したように言った。
「静かだね」
相づちのひとつも返ってこないが、カイは続けた。
「それでも明日の朝になれば祭りはまた始まる」
彼女も聞いてはいるらしい。瞳だけ流して彼を見た。
「……人が死んでも同じだ。どれだけ絶望しようが悲しもうが日が昇れば薄情にも生きていく。私の場合、殺しても死なないやつと思われてるだろうが」
言葉尻は自嘲的な笑いに変わっていた。
おそらく、とアリアは思った。
『彼女』のことを考えているのでしょう……貴方と私、二人にとって忘れられない人のことを。
死、という冷然たる言葉を彼が口にしたのは、それゆえであるのは明白だった。
「死ぬのは死んだ人です。生きている人は生きなければなりません」
アリアはただ、淡々と告げた。
「貴方も、殺せば死にます。迂闊なことはしないように」
このときカイは理解した。アリアも『彼女』のことを考えているのだと。
自分に言い聞かせてもいるのだろう、生きなければならないと。
そして私のためにも言ってくれてるのだろう――。
カイを遮るように、アリアは静かに彼を見上げた。
「お互いに分かりすぎているから、これ以上はやめましょう。いまはただ、帰ることです。明日は早くから仕事ですから」
アリアの視線をカイはとらえた。
これ以上、この話題をするべきではないと思った。
だからこう、カイは返事をしたのだ。
「そうだね帰ろうか。また明日が来る」
●
祭りの後のこの静けさは嫌いだ、と『レイ・ヘルメス』は思う。
甚平姿、帯に扇子を挟み、下駄履きでやや大股に歩く。中心街ではまだ賑わいが続いているが、すでに大半の灯りは消えており、一般客の多くは帰路についている。彼らもその一組だった。
歩むたび光が遠ざかる。寂たるものは増していく。
祭りが賑やかであればあるほど、その終幕は虚しく悲しい。これを味わうたび、いちいち教えられているような気がするのだ。
高揚感は一時のもの、永遠ではない、と。
暗いのは嫌いだ、とも思う。
眠りについたら二度と目を覚まさず永劫闇の中を彷徨う感覚を抱くから。
何より、独りは大嫌いだ。
鏡に映る自分を見ているようだから。
レイのすぐ横をちょこちょこと歩くのは『アン・ヘルメス』だ。白銀色のロングヘアをアップスタイルに編み込み、浴衣の主色は彼女好みの朱殷色、和装に慣れぬ初々しい姿である。
「どうしたの、にぃ?」
アンは言った。
「どうした、って? ……何も」
とレイは返すのだが、他ならぬ彼自身が、己の言葉を信じていなかった。
もちろんアンはとうにお見通しだ。
「ウソもたいがいにしやがれー、なのです!」
たたっと彼の真正面にまわるや蚊を叩く要領で、アンはレイの顔に手を伸ばす。がしっと彼の両頬を挟み込み、顔と顔が向かい合うよう強いた。
「お、おい」
レイはつんのめって倒れそうになった。
「ほんとーににぃは馬鹿やろーなのです!」
「いきなり馬鹿やろーとはご挨拶だな」
「馬鹿やろーでなけりゃスットコドッコイなのです!」
「ほとんど同じだろ。何が言いた……」
しかしレイは次の瞬間、言葉を失った。
「強がってどうするのです!? 素直になりやがれーですよ!」
アンの目が真剣そのものだったからだ。涙すら浮かべていた。
「なぜって私達は二人で一つ、誰が欠けても『私達』は成り立たないのですから!」
すまん、とレイが告げるとアンの手は離れた。
「一人でセンチメンタルになってたかもしれん。た……たまにはこーいうナイーブな俺様も見せておかなきゃアレだろ、と思ってな」
彼女と自分を安心させるよう、笑み崩れて言い切る。
「ほら、そのままだと俺、完璧超人すぎっから!」
釣られたのか本当に安堵したのか、アンは破顔すると、
「はいはい、完璧超人完璧超人」
と流したかと思いきや、ぷいと片足を上げたのだった。
「そんなことより見て! 下駄の緒が切れちゃったのです。おんぶー! おんぶー!」
数秒前とはまるで別人の言い様だ。
とはいえこのとき、レイの憂鬱が霧消したのもまた事実だった。
「しょうがないな、ほら」
振り向いてレイはしゃがむ。すぐにアンの重みと体温が背中に伝わってくる。
「帰ったらチェス勝負なー」
「望むところなのです」
主従はひとつのシルエットとなってまた歩き始めた。
依頼結果