プロローグ
――その日、『デュオポリス』……いや、『ディヘナ』はお祭り騒ぎだった。
それもそのはず、ディナリウム王国第二の都市『ディヘナ』の落成と、先の『ブロントヴァイレス』討伐を記念した二つの式典が、同時に開催されているのだから。
いつもは世界中を飛び回っている冒険者達も、今日ばかりは羽休め……だが、いついかなる時であろうと、騒動と無縁ではいられないのが、冒険者の性分というものらしい。
※※※
「君達、冒険者だろう?」
――大通り公園から少し離れた道路。ところせましと並ぶ屋台を巡っていた冒険者達に声をかけてきたのは、海色の髪と小麦色の肌が鮮やかな中年男性『ラント』だった。職業は漁師。筋肉質な体に潮の香りを漂わせ、よく通る声は快活そのもの……だが、その彫りの深い顔に浮かぶ困惑は明らかで、冒険者達が肯くや口を開いた。
「『ローラ』を……娘を探して欲しいんだ」
ラントの一人娘ローラは、地元『ボーモン』では評判の歌姫で、ディヘナならもっと金になるぞと漁師仲間に背中を押され、出稼ぎにやってきたまでは良かったのだが……衣装合わせの最中に、ローラは飛び出してしまったのだという。
「俺も探したいところだが、会場の準備が忙しくてね。公演までに戻ってきてくれると信じてはいるが……初めての土地だし、心配でね。頼まれてくれないか?」
冒険者達が肯くとラントは「ありがたい!」と破顔し、公演のチラシを差し出した。そこには海色の髪をストレートに伸ばした、小麦色の肌の美しい人魚が描かれていた。
※※※
多くの人でごった返すディヘナでの人探し。それも、頼りは「娘のことだ、どこかの屋台で遊んでいるに違いない」という父親の証言と、一枚のチラシのみ。
その捜索は困難を極め……るかと思いきや、ローラはあっさりと見つかった。『ブロントすくい』の看板が掲げられた屋台の前で。髪型こそポニーテールだったが、その鮮やかな海色は紛れもなかった。
「おっしゃー! もう一匹ゲット……って、何だぁ、アンタら?」
声を掛けられ振り返った少女は、屈んだまま冒険者達を見上げた。その露骨に怪訝そうな表情は、冒険者達が事情を話すことで、ますます険しくなっていく。
「……なんだ、親父の差し金か。歌うのは好きだけどさ、あんな格好で歌えるかよ! 戻るつもりはないって、そう親父に……いや、まてよ」
ローラはすっと立ち上がった。すらっとした体躯は、少女と女性の中間の魅力。青い瞳でまじまじと冒険者達を見つめ、ローラはにやりと笑った。
「ここは一つ、アタシと勝負しないか? アンタらが勝ったら私が歌う。アタシが勝ったらアンタらが歌う……さぁ、どうだい?」
そう言って、ローラは手にしたポイを冒険者達に突きつけるのだった。
解説
本エピソードの目的は、ローラとの勝負に勝つことです。勝負の方法として用意されている遊び(屋台)は、以下の通りです。
①『ブロントすくい』(要:DEX)
ブロントヴァイレスに見立てた黒い出目金をすくう遊びです。
②『ブロント抜き』(要:DEX)
板状の菓子からブロントヴァイレスの型を爪楊枝で繰り出す遊びです。
③『ブロント射的』(要:DEX)
的になっているブロントヴァイレスをコルク銃で撃ち落とす遊びです。
④『ラッキーブロント』(要:リアルラック)
ブロントヴァイレスの口から伸びた線を引っ張るくじ引き遊びです。
⑤『ブロントリング』(要:INT)
ブロントヴァイレスの形を模した難解な知恵の輪を解く遊びです。
⑥『ブロントチャレンジ』(要:VIT)
イカスミ入りのブロントバーガーを制限時間以内に食べきる遊びです。
⑦『ブロントパニック』(要:AGL)
ブロントヴァイレスとなって、投げられたボールを避け続ける遊びです。
⑧『ブロントナックル』(要:STR)
大きなブロントヴァイレス人形を思いっきり殴りつける遊びです。
プランには①『どの遊びで勝負するか』、②『プレイヤーキャラクターとスレイブのどちらが勝負するか』、③『どのように遊ぶか』という三点を記載してください。
参加できる遊びは1プレイヤーにつき1つだけなので、重複することがないよう、誰がどの遊びで勝負をするのか、参加者同士で話し合って決め手ください。
また、それぞれの遊びには対応するステータスが設定されており、その数値が高いプレイヤーキャラクターが勝負した方が、勝利できる可能性は高くなります。(勝負とはいえ、あくまで『遊び』であることを考慮し、難易度は低めに設定されていますので、あえて苦手な遊びに挑戦するのも一興です)
プラン提出までに決まらなかった場合や、重複が見られる場合は、プレイヤーキャラクターの適性などを考慮し、こちらで振り分けを行わせて頂きます。
ゲームマスターより
こんにちは、GMの埴輪です!
お祭りと言えば屋台……その一心で考えたエピソードをぜひお楽しみください!
勝負の行方によってエピソードの結末は変化しますが、負けたら失敗で報酬なし……ということはありませんので、どうぞご安心を!
PBW初心者の方も、ベテランの方も、気軽に楽しんで頂けば幸いです!
【祭典】人魚すくい エピソード情報
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担当 |
埴輪 GM
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相談期間 |
4 日
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ジャンル |
日常
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タイプ |
ショート
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出発日 |
2017/10/11
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難易度 |
簡単
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報酬 |
ほんの少し
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公開日 |
2017/10/21 |
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A( Α )
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デモニック | メイジ | 12 歳 | 女性
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⑤『ブロントリング』 PCが挑戦 ローラや店主と話しながら適当に
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おまつりおまつりたのしーなー♪ おかしもごはんもたーっくさんっ♪ ん…なにあれなにあれー!? ウリュリュちえのわする!!たのしそー!! ローラおねーちゃんもいっしょにしよ!ね! ウリュリュがんばってとくー!!
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① 俺が勝負するぜ
蒼い甚平着用 帯に扇子を挟む
遊び方 ポイを水につけるときは一気に全面つける そちらの方が逆に紙の強度が上がる為 紙に水圧がかからないように斜めに入れる 狙うは壁際の水面近くにいる金魚 金魚を追いかけず来るのを待ちながらすくう 出来れば金魚の頭か側面からすくう
終わったらローラと握手 早く終わって暇だったら他の面子の勝負を見に行く
台詞 金魚すくいなんてすんの何年ぶりだろうな つーか片手で数えるぐらいしかやったことねぇんだけど そんな奴に負けたらお前はそれ以下? はは、まぁ”遊び”こそ手ぇ抜けないんですなぁ~ 俺の辞書に敗北なんて文字はねぇし
えっそれって俺だけ不利益被ってねーか、アン?負けねぇからいいけど
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ブラン( カメリア )
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エルフ | クレリック | 17 歳 | 男性
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④ブロントすくい/俺と勝負。
カメリアが歌うのは見たい気もするけれど、俺は歌得意じゃないからなぁ…負けないよ。 選ぶのはローラさんが先にどうぞ。それが貴女の選択だから、後悔しないでね。 コツも何も運だよなぁ…これかな、うーんこれか… カメリア、これがいいって顔してる。じゃあこれにしよう。 俺達は二人でひとつだから、勝負も力を合わせるよ。
結果がどうであれ、ドキドキしたし楽しかった。 ねえローラさん、俺達に歌を聞かせてもらっちゃダメかな?
帰る場所とか家族とか、そういうものがあるっていうことは忘れないで。 …俺には帰る場所はもうないから。 帰ってちゃんと、服装のことは話し合ってほしいよ。 あんなに綺麗な歌なんだもの。
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ゲームは僕が⑦に挑戦
避け方はダンスを生業としているので舞ってるように見えるかも 楽しげに勝負 勝負中ローラに話掛けたい 「仕事投げ出すなんて感心しないな」 「君の歌を待ちわびてる客の事はどう思ってるの?」 言い分聞きたい 「自分のステージをどうしたいかちゃんと意見出してる?」 「思う所はちゃんと伝えないと」
ローラが手強かったら 「ステージのお客はいつだって一期一会なのに僕が負けたら君会えないよ」 なんて揺さぶってみようか
邪魔しない程度に仲間も応援したい
勝負後ラントさんに伝えたい 「彼女衣装が趣味じゃないみたいですよ 余計なお世話かもだけど 話し合って気持ち良く歌わせてあげて欲しいって思います こんな事こりごりでしょ?」
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参加者一覧
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A( Α )
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デモニック | メイジ | 12 歳 | 女性
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ブラン( カメリア )
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エルフ | クレリック | 17 歳 | 男性
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リザルト
第1回戦「ブロントすくい」
「俺が勝負するぜ」
名乗り出たのは『レイ・ヘルメス』。茶髪に釣り目のドワーフ男性で、青い甚平、帯には扇子と祭りの準備は万端。傍らに立つスレイブの少女『アン・ヘルメス』は、編み込みヘアアップスタイルの銀髪に、ちょこんと小さな王冠を載せている。黒地に朱殷の蝶が舞う浴衣姿。手にはブロント焼き(……と屋台に看板は出ていたが、どう見てもたこ焼きである)、帯にはレイとお揃いの団扇を挟んでいる。
「金魚すくいなんてすんの、何年ぶりだろうな」
レイは店主からポイとお椀を受け取り、黒々とした出目金プールの前で腰を屈める。
「つーか、片手で数えるぐらいしかやったことねぇんだけど」
ポイの全面をそっと水で濡らしつつ、レイは隣のローラに視線を向けた。
「そんなに奴に負けたら、お前はそれ以下?」
「……そんな見え透いた言葉に、アタシが動じると思ってるのかい?」
ローラは肩をすくめると、レイの手元を睨んだ。
「ポイの全面を濡らすのは、強度を上げるためだ。それに、アンタは出目金を追うことなく待ち構えている……それも壁際の、より水面に近い奴をだ。いざすくうって時は、頭か側面からを狙う……図星だろ?」
レイは目をぱちくりし、にやりと笑った。
「それが分かるなんて、相当やり込んでますなぁ?」
「さて、どうだかね?」
前に向き直ったローラは、ポイを斜めにプールへ投入。レイもそれに続いた。
「ふれーふれーっ! にぃがんばれーっ!」
アンの声援に後押しされ、レイは次々と出目金をすくい上げてお椀の中へ。対するローラの勢いも止まることを知らず、二人のお椀は出目金で山盛りになっていった。
「負けたら食事当番を一週間、にぃがしやがれ-です!」
「えっ? それって俺だけ不利益被ってねーか、アン? 負けねぇからいいけど――」
「ふ、二人ともそこまでだ! それ以上はもう、勘弁してくれぇ!」
悲鳴を上げたのは店主だった。……それもそのはず、プールの出目金はその大半が二人にすくい上げられていたのである。顔を見合わせるレイとローラ。
「……お前、何匹すくった?」
「うーん、十匹までは数えたんだけど……アンタは?」
「俺も十匹……いや十一匹までは数えてたんだが……」
「よく言うよ。数えてみるかい?」
「……これを数えるのはしんどいよな」
「アタシも同感だ。だから、引き分けってのはどうだい?」
レイは黙ったままお椀をひっくり返し、出目金をプールの中へ戻した。ローラもそれに
続く。二人はどちらかともなく手を差し出すと、握手を交わした。
「それじゃあにぃ、食事当番を一週間しやがれーです!」
「おいアン、引き分けは負けじゃねぇぞ! 俺の辞書に敗北なんて文字はねぇし!」
「負け惜しみは男らしくないです!」
言い合いを始めた二人を前に、ローラはくすりと笑った。
第2回戦「ブロント抜き」
「……私がやるね」
おずおずと手を上げたのは『Simple』。黒い髪と瞳を持つ、細身のドワーフ女性である。
――だが。
「おいおい、誰もいないのか?」
レイが首筋をパタパタと団扇で扇ぎながら、辺りを見回す。
「あの、だから、私が――」
「いないなら、また俺が勝負するぜ。型抜きなんてすんの、何年ぶりだろうな」
「えっと……その」
「……にぃ! となり!」
「へっ? ……うわっ! お、お前、いつからいたんだ?」
「最初からいるんだけど……」
目を白黒させるレイを見上げ、Simpleは肩を落とす。(まぁ、いつものことだけど)
「アンタが相手ね。アタシ、こういう細かいのは苦手なんだけどなぁ」
ローラとSimpleは店主からブロントヴァイレス型の溝がある菓子の板と、それをくり貫くための爪楊枝を受け取り、用意されたテーブルに向った。爪楊枝の先を溝に当て、板を割らないように、ちくちく、ちくちくとやり始める。ちくちく、ちくちく。
――数分後。
「うわっ、割れちゃった!」
そう声を上げたのはローラだった。翼の先端がひび割れており、店主も失敗と判定。
「アタシの負けだ。成功するまでやってたら、日が暮れちゃうし……さ、次だ!」
ローラは立ち上がると、冒険者達を引き連れて次の屋台へ向かった。
第3回戦「ブロントリング」
「私がやるよ!」
明るく名乗り出たのは『A』。黒髪と黄色の瞳をした、デモニックの少女である。傍ら立つスレイブ『A』は大人の女性で、母子のような取り合わせだ。
「ウリュリュ、ちえのわするー! たのしそー!!」
舌足らずな声を上げたのは『ウリュリュ ドレッドメア』。巫女服を着たデモニックの少女で、前を分けた黄色のミディアムヘアーの左側には、暴竜の爪を模した黄色の髪飾りを付けている。傍らに立つスレイブ『グリーニア』は制服のような衣装を身にまとい、赤黒いロングの髪をした少女で、ウリュリュより背が高く、姉妹のような取り合わせだ。
「ローラおねーちゃんも、エースちゃんも、いっしょにしよ! ね!」
……そう無邪気に言われて、誰が断ることができよう? 三人は店主からそれぞれブロントヴァイレスを模した知恵の輪を受け取り、長椅子に並んで腰掛ける。見た目はただの小さな人形なのだが、これをどうにかするとバラバラになって、中からコインを取り出すことができるという。三人はカチャカチャと、知恵の輪をいじり始めた。
「知恵の輪の屋台って、私、初めてだよ! これって、おじさんが作ったの?」
Aの質問に、店主は笑顔で肯いた。
「私は知恵の輪の職人でね。もう引退していたんだが、ブロントヴァイレスを見てこれだと閃いてね。久々に仕事道具を引っ張り出して、型をこしらえたって訳さ」
「そっか、ブロントヴァイレスのお陰なんだね!」
「……直接の被害を受けた人からすると、不謹慎だと思われるかもしれないがね。この祭りだってそうだ。だが、そうでもしないとやってられない……あれにも意味があったんだと思いたいんだよ。少なくとも、新作の知恵の輪が生まれるぐらいにはね」
「うん! そのお陰で、私達も楽しめてるんだし! ……あ、そうだ、ローラさん?」
「ん、なんだい?」
「どうして逃げ出しちゃったの?」
「……チラシを見たんだろ? 人魚なんて、あんな恥ずかしい格好――」
「ローラさんなら、似合うと思うけどな?」
「それならアンタ、あれを人前で着たいと思うかい?」
「ううん、恥ずかしいもん! でも、それが本当の理由なのかな?」
「え……」
「A、お喋りもいいですけど、集中しないと勝てないですよ?」
呆れた様子のAに向かって、Aは摘まみ上げたコインを見せた。
「大丈夫だよ、もう終わったから!」
「も、もう解いたのかい! 大したもんだよ、お嬢ちゃん!」と、店主。
「……アタシの負けか」
ローザは知恵の輪を手に溜息をつくと、隣のウリュリュに目を向けた。ウリュリュは「うーん」と眉間に皺を寄せながらも、知恵の輪をカチャカチャ動かしている。
「ウリュリュ様はいつになく集中されております。どうぞ、このままで」
グリーニアにそう告げられ、ローザは頷きを返した。
第4回戦「ラッキーブロント」
「俺がやるよ」
落ち着いた声で名乗り出たのは『ブラン』。真っ白な髪が印象的な、エルフ男性である。寄り添うスレイブ『カメリア』は、桃色の髪をした乙女の姿。
「……人前で歌うなんて、絶対無理ですからね! 負けないでください!」
カメリアのエールを受けて、ブランは指先で頬を掻いた。
「カメリアが歌うのは見たい気もするけど――」
「ブ、ブラン!? 貴方――」
「俺は歌、得意じゃないからなぁ……負けないよ」
頬を膨らませるカメリアを横目に、ブランはローラに向かって口を開く。
「選ぶのはローラさんが先にどうぞ」
「……いいのかい、色男?」
「ただ、それが貴女の選択だから、後悔はしないでね」
ローラは口をへの字にすると、巨大なブロントヴァイレス人形の前に立った。大きな口から、紐が何本も垂れ下がっている。紐を引き、より良い景品を当てた方が勝ちという、運任せの勝負。ローラは選んだ紐を掴み、引っ張る。(……アタシの選択、か)
「大当たり~っ! 二等の特大ブロントヴァイレスぬいぐるみは、君のものだ!」
店主が派手に鐘を鳴らしながら声を上げ、カウンターの奥から大きなぬいるぐみを抱えて出て来た。ローラはそれを受け取ると、ブランに向かってにやりと笑う。ブランは笑顔で頷きを返したが、カメリアの顔は蒼白だった。
「に、に、二等だなんて……」
「大丈夫だよ。一等を当てればいいし、僕が負けてもまだ次があるさ」
「ですけど――」
ブランはカメリアの頭を一撫でし、ブロントヴァイレス人形の前に立った。(コツも何も運だよなぁ……これかな)ブランが紐を掴んで振り返ると、あわあわしているカメリアが目に映った。ブランは前に向き直る。(うーん、これか……)別の紐を手に取り、ブランは再び振り返った。さぁ、それです! いけいけ! ……そんな声が聞こえて気そうな顔をしているカメリアを見て、ブランは噴き出す。
「……カメリアに任せた方が良かったかな?」
「へ? ……そ、そんな! 私は、その、ブランのためを思って……あう……」
顔を真っ赤にするカメリア。ブランは改めてブロントヴァイレス人形に向き合うと、手にした紐を引っ張った。(俺達は二人でひとつだから、勝負も力を合わせるよ)
「当たり~! 三等の夫婦ブロントヴァイレスぬいぐるみは、君達のものだ!」
店主が鐘を鳴らしながら声を上げ、カウンターの奥から白色と桃色、二つの小振りなぬいぐるみを抱えて出て来た。白色のぬいぐるみをブラン、桃色のぬいぐるみをカメリアがそれぞれ受け取り、顔を見合わせ微笑み合う。その姿はまるで……。
「わぁ、本当の夫婦みたいだねぇ、にぃ!」と、アン。
「……お前な、なんでそんな嬉しそうなんだよ?」と、レイ。
「試合に勝って勝負に負けたってのは、こういうことなんだねぇ……」
特大のブロントヴァイレスぬいぐるみをこれでもかと抱き締めているローラに、ブランとカメリアが揃って歩み寄った。ブランはローラに向かって語りかける。
「ねぇローラさん。俺達に歌を聞かせてもらっちゃダメかな?」
「一勝二敗一引き分けか。次が最後だから、アタシが勝てば引き分けだけど、その時はどうするか決めてなかったねぇ」
「……私も聞いてみたいですわ、ローラさんの歌」
カメリアの言葉に、ローラはくるりと背中を向けた。
「……こういう勝負はさ、一発逆転がつきものだよな! 引き分けなんてつまらないし、次の勝負で勝った方が勝ちにしよう! うん、それがいい!」
歩き出したローラの背中を、ブランはじっと見つめる。カメリアはブランの手を握り、そっと寄り添うのだった。(……大丈夫。彼女はきっと、帰ることができるわ)
第5回戦「ブロントパニック」
「僕がやるよ」
優雅に名乗り出たのは『コーディアス』。釣り目と強気な眉毛が印象的なデモニック男性だが、整った顔立ちは女性的である。ピンク色の長髪を右目側の高い位置で括り、するりと垂らしていた。赤黒い角と尻尾は、デモニックの証。傍らに立つ『ルゥラーン』は、スレイブでありながら中性的な雰囲気。背中の中程まで届く青紫の髪は緩いウェーブがかかり、ゆったりとした服には星や月の装飾品が煌めいていた。
ローラは入念に準備運動をしながら、コーディアスに向かって口を開く。
「確認するよ。アンタが勝ったら私が歌う。アタシが勝ったらアンタらが――」
「それだけどさ、やっぱりズルくないか?」
思わずそう口にしたレイだったが、この勝負で決着をつけたいというローラの提案に、一度は同意していたのだった。それと言うのも……。
「大丈夫だよ、レイ。僕は絶対に負けないから」
……そう、他ならぬ対戦相手のコーディアスが自信満々で請け合ったからである。それを聞いて「上等だよ!」と返したローラの瞳は、笑っていなかった。
ブロントパニックは挑戦者がブロントヴァイレスを模した着ぐるみを着用し、周囲の観客が投げるゴムボールを五分間避け続けるというハードな遊びだ。着ぐるみにはセンサーが内蔵されており、ゴムボールが何回当たったかを計測。また、公平を期すために、ローラと冒険者達はボールを投げる側には回らないことが、事前に決められていた。
先手はローラ。ずんぐりむっくりとしたブロントヴァイレスの着ぐるみを着込み、顔だけ覗かせたローラがステージに上ったのを見て、Aは独りごちた。
「……これって、人魚より恥ずかしいよね?」
――開始を告げる笛が鳴り響き、ローラ・ブロントヴァイレスに向かって、ゴムボールが雨あられと降り注ぐ。ローラは真っ向勝負……可動域の少ない着ぐるみを全力で動かし続け、最後の三十秒は目に見えて動きが鈍ったものの、49発という記録を叩きだした。これまでの最高記録が98発であることを考えると、驚異的な数字である。
「……はぁ、はぁ、ど、どんなもんだい!」
疲れ果てているローラを横目に、コーディアスは身支度を始めた。アクセサリを外してルゥラーンに預けると、長い髪を括り直して、軽く準備運動。
「ルゥがやってくれてもいいんだけどね、たまに君、素早いだろ?」
「まさか、あなたのご雄姿を楽しみにしています。ふふ」
コーディアスは更衣室へ向かい、ブロントヴァイレスの着ぐるみを身につけると、ステージに上がった。コーディアス・ブロントヴァイレスは、観客向かって深々と一礼。
――笛が鳴り響いた。コーディアスは顔を上げ、手足を伸ばし、華麗に踊り始める。着ぐるみを着た上でなお、その踊りにはリズムがあり、流れがあり、ドラマがあった。観客はゴムボールを投げる手を止め、踊りに魅入る。踊りが佳境に入った頃、思い出したように1個のゴムボールが投じられたが、コーディアスはひらっと避けて一回転。ルゥラーンにウインクを送ると同時に、終了を告げる笛が鳴った。記録は9発。圧倒的な記録だが、何よりも観客からの惜しみない拍手が、勝者を雄弁に物語っていた。
着替えを終えたコーディアスが更衣室から戻ってくると、ローラは海色のポニーテールをほどいてぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、冒険者達に向かって口を開いた。
「……アタシの負けだ。仕方がない、親父のところに戻って歌を――」
「君にお客様の前で歌う資格はない」
そう断言するコーディアスを、ローラは睨み上げた。
「な、何だよ、何でそんな――」
「僕はプロのダンサーだからね。仕方がないなんて気持ちで歌って、お金を払ってまで君の歌を聞きたいと思っているお客様に対して、失礼だとは思わないのかい?」
「そんなの……アタシの知ったことかよ! アタシは別に、金を払って聞いて欲しいんだなんて、そんなこと思っちゃいねぇんだよ!」
ローラは大声を上げると一転、俯いて首を振った。
「……歌うことは好きさ。アタシの歌を好きだって、歌って欲しいって言われるのも、嬉しくないわけじゃない。でもさ、それで稼ごうとか、そんなことは……」
「君は歌姫だと聞いている。ステージに立つのは、今回が初めてじゃないだろう?」
コーディアスの問いに、ローラは肯いた。
「ステージに立って歌った時、君は何を感じた?」
「……最高だったよ。アンタだって分かるだろ? きっと天国ってのはさ、年がら年中、あんな気持ちでいられる場所なんだろうな。……実はさ、歌姫なんて詐欺みたいなもんなんだよ。歌って欲しいと呼ばれるのは、大半が寄り合いの余興でさ。ステージなんて木箱だし、せいぜい十人ぐらいを相手に歌うだけなんだよ。それでも……」
「君は怖くなったんだね。これだけの大舞台、大勢の人を相手にして、自分の歌が通用するのか、お客様に満足して貰えるのかと」
「……ああ、そうだよ! 悪かったな!」
「そんなことないさ。僕は君の歌を聴いたことがないから何とも言えないけれど、それだけの価値があると信じて疑わない人は確かにいる」
「だ、誰だよ?」
「ラントさんさ」
「親父が……?」
「ライブは一人でやれるものじゃない。それなりの準備、お膳立てをする誰かが必要だ。もちろん、お客様がいないことには始まらないけれど、ラントさんの慌て振りを見れば、その心配もなさそうだ。それもこれも、ラントさんが君の歌の価値を信じて行動したからだと思うのだけれど……どうだろう?」
「アタシの歌にそんな価値なんて……」
「それを決めるのは君じゃない。君が出来ること、やりたいことは歌うこと……そうだろう? 君の歌を聞きたいという人がいるんだ、存分に聞かせてあげればいい。もしそれに価値がないと思えば、人は離れていくよ。残酷なようだけど、そういうものだ。でも、それはそれでいいじゃないか? だからって、君は歌わずにいられるのかい? 歌いたいのか、歌いたくないのか、大切なことはただそれだけだよ」
「……アタシは、歌いたい! だって、歌うことが大好きだから!」
ローラは顔を上げ、まるで歌うように言葉を紡いだ。その表情は晴れやかで、ローラは大きく深呼吸すると、冒険者達を笑顔で見渡した。
「アンタら、妙なことに付き合わせて悪かったな! アタシは不安だったんだ。せっかく金を払ってまで聞いてくれるんだから、最高の歌を聴かせてあげたいって思うだろ? だけど……そう考えれば考えるほど、息苦しくなってさ。こうやってアンタらと遊んでると、本当に楽しくて……そう、楽しむってことが、どっかいっちまってたんだよな! アンタら……いや、皆さん、アタシ……私が一番楽しいこと、分かりますか? そう、歌うことです! それを思い出すことができました……だから、本当にありがとう!」
深々と頭を下げたローラは、姿勢を正すなりパンと手を打ち鳴らした。
「さてと、ぐずぐずしてらんねぇぞ! えっと、今の時間は……うわっ、やべぇ! 昨日、リハーサルしといて良かったぜ……そうそう、アンタらも来てくれよな! アタシ、全力で歌うからよ! もちろん、お代はいらねぇから安心しな!」
――こうして、ローラはライブ会場へ戻り、予定時間より遅れて始まったライブは大盛況。会場を埋め尽くした観客達は、人魚の歌声に存分と酔いしれるのだった。
なお、アンコールでは特等席でライブを楽しんでいた冒険者達もステージに上がり、コーディアスが即興でバックダンサーを務める中、ローラと一緒にその歌声を披露することになったという。
――それから、数時間後。
「とけたー!」
コインを手にして飛び跳ねるウリュリュに、店主は惜しみない拍手を送った。
「お嬢ちゃん、小さいのに凄い集中力だったねぇ! いやー、大したもんだ!」
ウリュリュは店主に「えへへ」と笑い、振り返ると……ブロントヴァイレスが待ち受けており、青い目を丸くした。その手からコインが滑り落ちる。
「……ウリュリュ様、おめでとうございます」
ぬっとブロントヴァイレスの影から顔を覗かせたのは、グリーニアだった。ウリュリュが固まっているのを見て、グリーニアはコインを拾い上げつつ、咳払いを一つ。
「……これはローラさんからのプレゼントです。ライブが終わった後、冒険者の皆様とウリュリュ様の様子を見に来て下さいまして、解けたらぜひこれを渡して欲しいと」
「わーい! おっきー!」
ぱっと顔を輝かせたウリュリュは、ブロントヴァイレスぬいぐるみに飛びついた。
――ドーン。ウリュリュが顔を上げると、夜空には色取り取りの花火が上がり、まるで花畑のような賑やかさだった。花火は次々と、絶え間なく上がっていく。
「わー! きれー! たまやー!」
ブロントヴァイレスぬいぐるみにしがみつきながら、ウリュリュは声を上げる。グリーニアは花火の光で鮮やかに彩られたウリュリュに目を落とし、そっと笑みを浮かべる。
――さらに、数時間後。
「よし、完成したよ!」
Simpleは完璧に抜き取られたブロントヴァイレスを手に、満面の笑み。早速判定して貰おうと振り返ったのだが、そこに店主の姿はなかった。……いや、店主だけでなく、その場に残されていたものは、Simpleが黙々と作業にいそしんでいたテーブルと、ランプを手にしたスレイブの『Sample』だけだった。
依頼結果