帝都ディナリウム西部の都市・デュオポリス。
センテンタリ軍との衝突を間近に控えたある日の夜分、このデュオポリスに駐屯する軍の宿営地の一つから、1人の少女が音も無く闇の中に姿を現す。
彼女の名は、ブリジット。
数刻前、彼女は宿営地内で駐屯軍人のひとりから密命を受けていた。
* * * * *
数刻前――。
「父上、先刻入った情報は本当ですか?」
ブリジットは初老の男性を『父上』と呼び、開口一番質問をぶつける。
その声は耳をそばだてなければ聞こえない程小さなものだったが、低くよく通る声質のせいか『父上』にはしかと届いた。
『父上』と呼ばれた男は、デュオポリス駐屯軍人・クレメンス。
クレメンスは駐屯軍内で幾つも編成されている小隊のうちひとつを束ねる一小隊長でしかないが、寡黙ながらも忠誠心が強く如何なる任務も拒まぬ『軍人の鑑』のよう
な男だ。
クレメンスは宿営地内のテントにブリジットを呼び、部下に人払いを命じていた。
今、このテントの中には鋭い視線を交わす父娘二人きりである。
「……間違いない」
クレメンスの回答に、ブリジットは奥歯を鳴らす。
クレメンスがブリジットを呼び出したのは、『センテンタリ軍がデュオポリスへの進軍途中でとある開拓村を陥落させようとしている』という情報が入ったからだった。
その開拓村は、過去にセンテンタリの襲撃を受けながらも寸での所で陥落を免れた村だ。
陸路・水路共に決して恵まれてはいない山間部の小村だが、軍事的観点から見ると敵を誘き寄せ奇襲を掛けるにはもってこいの地形であり、
捕虜を収容すればそう簡単には脱走されずに済むいわば『天然の要塞』である。
だが、10年程前、その軍事的利点に目を付けたセンテンタリが襲撃、事態を重く見たディナリウムから軍が派遣され、辛くもセンテンタリから守る事に成功したのだった。
クレメンスは当時軍の一兵卒としてこの村に派遣され、壊滅的被害を受けた村で奇跡的に生き延びていた子供を養女として迎えた。
それが、ブリジットだ。
「報告によると、村内には既にセンテンタリ軍が侵攻、生き残った僅かな村人が、中心部に築いた櫓で籠城戦に出ているそうだ」
「旗色は極めて悪い、という事ですか……」
ブリジットの言葉に、クレメンスは苦々しく頷いた。
「村の兵力を甘く見ている相手は、少数で攻め入っているという。即刻討伐部隊を編成して向かえば、形勢逆転は大いに見込める。だが、今ここの戦力を削ればセンテンタリ主力軍の思うつぼ。上層部からは、村の救出は諦めろと命が下った……」
「……妥当な判断、かと……」
目の前の父がどれ程正義感が強く、そしてどれ程忠義を尽くす男か、ブリジットは良く知っている。
だからこそ、父の苦しい葛藤は痛い程伝わってくる。
だからこそ……そう返すしかなかった。
しかし、父は違った。
「情報によると、戦えない村人は人質とされる前に自ら命を絶ったという。それがどういう事か……お前なら分かるだろう」
「何が何でも戦い抜いて村を守って欲しい、だから人質として相手に利用される事を拒んだ……」
「……そうだ。ブリジット、私にはあの村を、お前の故郷を、何よりそうして命を散らした村人たちの思いを無視する事は出来ん」
「父上……何をお考えですか……?」
「……除隊を願い出ようと思っている。小隊長の代わりはいくらでもいる。だが、軍があの村を諦めざるを得ない今、軍人のままでは村に何の手助けもしてやれない。軍を抜け自由の身となれば、私も村人と共に戦う事が出来る」
そう言って徐に立ち上がるクレメンスを、ブリジットが決死の形相で止める。
「考えをお改め下さいっ! 父上程の忠臣が軍を抜ければ、士気の低下は免れません! それがこれからの戦争にとって如何に危険な事か、父上ならお分かりの筈!」
「……っ」
クレメンスは唇を噛みながら再び腰掛けた。
「父上……私に任せては下さりませんか?」
ブリジットの突然の申し出に、クレメンスは瞠目する。
「何を言うか! 軍人でもない、まして女のお前に、父としてそんな危ない真似をさせられるか!」
寡黙なクレメンスが珍しく声を張り上げた。
しかし、ブリジットは静かに続ける。
「確かに私は女ですが、これまで父上に様々な戦闘術を教えて頂きました。闇夜での狙撃も、人間より動きの速い獣相手に何度も経験してまいりました。私の実力なら、父上が誰よりもご存知の筈。そして何より、私は軍人の娘ではありますが、軍人そのものではありません」
「……本気か?」
「……はい」
ブリジットの『本気』を見たクレメンスは、再び立ち上がるとテントの奥から狙撃
銃を取り出し彼女に手渡した。
「あの村の存亡を……お前に託す」
* * * * *
夜が更け、辺りが不気味な静けさを醸し出す。
ブリジットは、村に向かって足音も立てず歩き出した。
右肩に狙撃銃をぶら下げ、左手には予備弾丸を詰め込んだバッグを持ち……。
だが、彼女は独りではない。
デュオポリスと外部を隔てる城壁の前では、数人の人影が彼女の合流を待ってい
た。
クレメンスに娘の助太刀を依頼された冒険者たちが……。
今回のミッションは、『山間部の開拓村を襲撃しているセンテンタリ軍の少数部隊に夜襲を掛け、殲滅させる』というものです。
このエピソードはグランドプロローグ「創造の日」の連動エピソードです。
イベントで起きた様々な大事件の陰で、隠された物語をエピソードにしています。
歴史の狭間、真実の隙間を埋める物語へ参加してみてください。
なお「創造の日」にて選んだ選択肢と関係ないお話でも参加可能です。
駐屯軍にいる父・クレメンスに入ってきた情報は以下の通りです。
・敵は30人弱のイービルによる少数部隊。
・戦力となる村人は十数人程度しか生き残っていない。
・生き残った村人は村中央部の櫓に籠城、装備は弓矢と投石。
・村人の銃火器(猟銃)は既に弾切れ。
・敵の攻撃の的にならぬよう、灯りの類は一切点いていない。
・敵は櫓付近に拠点を築き、そこから攻撃を加えている。
・敵拠点の周囲は畑だが、周囲を山に囲まれた地形の為、畑の先は山の斜面で藪状態。
・デュオポリスから村までは徒歩2時間程度、道中は鬱蒼とした山道。
・敵の方は、陥落は時間の問題と完全に油断しており、拠点外に見張りや伏兵を置いている気配はない。
その他の情報は以下の通りです。
・天候:曇り(夜間)
・視界:非常に暗い
・気温:快適
・風:無風状態
なお、ブリジットについての情報も以下に提示致します。
名前:ブリジット
年齢:18歳
性格:普段は寡黙で冷静沈着だが人の命や尊厳が絡むと激昂しやすい。
特技:狙撃
装備:狙撃銃(予備弾丸あり)
マスターの北織です。
こちらでは初エピソードとなります。
少々ハードルの高いエピソードに感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、
相手は完全に油断している知性の低いイービルですし、ブリジットもかなり有効な戦
力として期待出来ますので、必要以上に恐れず思い切って飛び込んでみて下さい。
皆様のご参加、心よりお待ち申し上げております。
【創造の光】託された存亡 エピソード情報 | |||||
---|---|---|---|---|---|
担当 | 北織 翼 GM | 相談期間 | 10 日 | ||
ジャンル | --- | タイプ | EX | 出発日 | 2017/7/6 0 |
難易度 | 普通 | 報酬 | 通常 | 公開日 | 2017/7/16 |
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参加者一覧
No.2152( No.6017 ) | |
ドワーフ | シャーマン | 32 歳 | 女性 |
surge( 匙 ) | |
エルフ | シャーマン | 20 歳 | 男性 |
レイ・ヘルメス( アン・ヘルメス ) | |
ドワーフ | メイジ | 18 歳 | 男性 |
アストラム・ジュノー( レステリア ) | |
ヒューマン | ウォーリア | 25 歳 | 男性 |
ネモー=ジャンメール( ノエル=ジャンメール ) | |
ケモモ | メイド | 14 歳 | 男性 |
ヴァルター・フェルト( ルミ ) | |
ドワーフ | ウォーリア | 21 歳 | 男性 |
空屋( シロア ) | |
ヒューマン | シーフ | 23 歳 | 男性 |
リザルト
◆序◆
デュオポリスと外部を隔てる城門の前に、ブリジットは立っていた。
(ここを一歩出たら、私は鬼にも修羅にもなろう……あの村を守る為、私は身命を賭す!)
覚悟を決め踏み出そうとする彼女の前に、冒険者たちが現れる。
「僕たちも力を貸すよー。一人で戦うのって、結構難しいんだよー」
ヴァルター・フェルトがブリジットに声を掛けると、レイ・ヘルメスも手元の灯りを掲げながら口を開いた。
「そんな思い詰めた顔すんなって。ブリジット、あんたが思ってる以上に俺たちは使えるぜ。何てったって、冒険者だからな!」
「冒険者……?」
瞠目するブリジットにアストラム・ジュノーが頷く。
「クレメンスさんから依頼を受けた。ブリジットさんを助太刀して欲しいと。だが、俺たちは村までの道程を知らない。早速先導して貰いたい。一刻の猶予もないのだろう? 詳しい話はその道中で」
静かに、そして手短に告げるアストラムの傍には、他にもニーコフことNo.2152や空屋、ネモー=ジャンメールやsurgeもおり、殺気立つブリジットを誰もが心配していた。
「……分かりました。では、こちらへ」
ブリジットは冒険者たちを案内するように先頭に立ち、城門を越えた。
◆始◆
一行は道とも言えぬ道を歩き続ける。
土地勘のあるブリジットが言うには、この道こそが村までの唯一にして最短のルートで、それを知らない者は野生動物が通る獣道を道と勘違いして迷ったり、藪に隠れた崖で足を踏み外しそのまま行方知れずになったりするのだとか。
外灯も無く月明かりも届かぬ山中の荒れた道を止まる事無く進めるのは、そのブリジットの土地勘はもっともだがレイの用意した灯りによる所が大きいだろう。
二刻程歩き続けただろうか。
ふと、ブリジットが足を止め、冒険者たちを振り向いた。
「あれが襲撃されている村です。皆さん、身を隠して」
冒険者たちとブリジットは藪の中に身を屈める。
ブリジットの指さす先には、闇の中ぼんやりと浮かぶ櫓のシルエットと、警戒心も無く煌々と松明を燃やし下卑た笑い声が漏れ出る敵の拠点があった。
「成程なー……」
レイは暗闇に浮かぶ村を眺めた。
一見どこか遊び感覚で眺めているように見える彼だったが、その脳内では『村』という名の盤上で様々な動きをする『駒』がせめぎ合っている。
「現時点、敵は攻撃をせず拠点内にいるようです。その数……ざっと30程でしょうか。付近に見張りや伏兵は無し。あのように松明を燃やし拠点に籠もっている所から察するに、戦闘態勢には入っていませんね。夜襲や奇襲の類で今夜中に櫓を陥落させるつもりはなさそうです。恐らく、視界が開け村の者が疲弊しきる夜明けを待って、一気に攻め落とすつもりなのでしょう……」
夜目の利くブリジットが状況を確認し冒険者たちに説明する。
その口調は淡々としているが、時折ギリッと奥歯の鳴る音が聞こえた事を、冒険者たちはあえて指摘はしなかった。
「よしっ、それじゃ複数に分かれようぜ。ブリジットは……珍しい装備してんじゃねぇか。遠距離からの狙撃が出来るのか? なら俺も加勢するぜ。拠点の後方に回り込むか」
レイの提案に、ブリジットが頷いた。
「そうしましょう」
「なら、僕はサイドから奇襲を仕掛けようかー」
ヴァルターは敵拠点を指し、自身の進行経路を指先で皆に示す。
彼は拠点側面に急襲を仕掛けるつもりだ。
「逆サイドは任せて欲しい……」
アストラムが静かにそう言い移動を始めようとすると、ニーコフが
「少し待って下さい」
と彼を呼び止めた。
「微々たるものかもしれませんが、きっと役に立つ筈です……」
ニーコフは、アストラムにシャーマン得意のまじないを施し、能力を上げさせる。
飛躍的とまではいかずとも、多勢に無勢状態の今は非常に心強い。
アストラムはニーコフに礼を言った後、
「俺もささやかながら……皆に神の加護があらん事を」
と、作戦の成功と皆の無事を願い神に祈りを捧げ、一足先に転進を始めた。
他の冒険者たちやブリジットもニーコフのまじないを受けると、それぞれ転進を始める。
ヴァルターはニーコフやsurgeと共にアストラムの対面方向へ、レイは灯りを消してブリジットと一緒に敵拠点の後方に回り込んだ。
ネモー=ジャンメールと空屋も敵拠点の後方に付くが、彼らはそれぞれの適性を生かすべく単独で藪の中に潜む。
――攻撃の布陣は、整った。
◆中◆
藪の中だろうとお構いなしに、ブリジットは這いつくばり姿勢を低くして狙撃銃を構える。
じっと獲物を待つ彼女の指先が、突然カタカタッと震えた。
「どーした?」
レイが問うと、ブリジットは絞り出したような声で答える。
「今、拠点から出てきたイービル……あいつ、村人の遺体に唾を……!」
激闘の末に命を落とした村人か、それとも人質にされる事を拒み自害した村人か……それは定かではないが、用足しに拠点を出た一匹のイービルが、地面に横たわる遺体に唾を吐く姿を彼女は目撃したのだった。
「おのれ……崇高な死を侮辱するとは……許せないっ!」
ブリジットは完全に頭に血が上っている。
(オイ待てよ……気持ちは分かるがこのタイミングで暴れられたら作戦が台無しだぜ! こっちはそれなりに勝ち筋ってモンを考えてんだから!)
気高い精神を持つ村の出身だけあって、ブリジットにはイービルの所業が許せない……それは理解出来るが、感情に任せて戦っても勝機は無い。
レイはブリジットに声を掛けた。
「なぁブリジット、少しクールダウンしようぜ。あいつら全滅させるんだろ? なら、今は堪えろって。俺たちを信じろ、そんで得意分野を生かして頼むぜ、ブリジット!」
ブリジットの手の震えが止まる。
「……『一人で戦うのは難しい』、その通りですね。皆さんがいてくれて良かった。……レイ、あのイービルを拠点に入る前に仕留めます。皆さんに合図を」
「任せとけって!」
レイは周囲に警戒しつつ藪から身を出し、両サイドの仲間や付近に潜む仲間たちに手を挙げ、カウント開始を知らせた。
正確な刻限を打ち合わせて突入したかったが、イービルが単独で用足しに拠点から出てきたこのチャンスを生かさぬ手はないと考えた彼は、手の動きで仲間たちに突入のタイミングを示す。
「……3、2、1、GO!」
レイの合図と同時にブリジットは銃の引き金を引いた。
魔法エネルギーの充填された弾丸が、彼女の闘志を乗せ真っ直ぐにイービルに向かい、その急所を貫く。
と同時に、ヴァルターが両手剣を振り上げながら敵拠点に突撃、イービルたちの控える天幕目がけ斜めに振り下ろした。
柱を薙ぎ倒された天幕が派手な音を立てながら崩れ落ちると、ようやく異変に気付いたイービルが中からゾロゾロと出てくる。
その騒動を察知したのか、櫓の方からもガタガタッと物音が聞こえてきた。
その物音は、イービルたちの怒号飛び交う中に身を投じたヴァルターの耳にも届く。
(村の人たち、救援の到着に気付いたみたいだなー……)
「私は櫓に向かい村人の救出を……」
「うん、頼むよー」
ニーコフは武器を握りながらイービルの間を縫って櫓を目指した。
surgeもまたニーコフと共に村人たちの救出に向かう。
続々と現れたイービルたちは、派手に剣を振るうヴァルターを取り囲むようにして彼に迫り始めた。
「おっと、そうはさせるかっての」
後方で控えていたレイがヴァルターの援護に出る。
「よぉイービちゃん、遊ぶなら俺とアソんでくれよぉー……って、馬鹿だからわっかんねぇかー?」
レイは声を張り上げイービルの注意を引き付けると、今度は櫓に向かって声を掛けた。
「籠城中の村人さんや! 今掃除してっから、そっから動くなよー!」
レイの挑発的な言動にイービルたちは憤怒の表情を以て突進してきているというのに、彼は対照的に余裕の笑みさえ浮かべている。
それもそうだ、彼の傍には優秀な戦闘支援員として、互いに兄妹同然に思っているスレイブのアン・ヘルメスが付いているのだから。
「……かかってくるの。覚悟しやがれーです」
『ガルル』と唸る番犬の如くアンはイービルたちを睨みつけ、その位置や速度を元に間合いを調整し、レイに逐一伝達する。
レイはアンの情報から絶妙のタイミングを割り出すと、敵に向け魔法攻撃を繰り出した。
「にぃ、櫓がピンチなのです」
アンに言われレイが振り向くと、櫓に別のイービル共が弓を構えている。
レイは即座に櫓を守るように魔法壁を張った。
◆盛◆
イービルがレイの挑発に乗り始めた後、拠点は更に大混戦の様相を呈してくる。
何故なら、ここで遂にアストラムが急襲を開始したからだ。
ヴァルターと合わせて両サイドから同時に敵拠点を挟み撃ちする方法もあったが、それでは数の多いイービルたちが両方に分散する危険性もある。
アストラムはあえてヴァルターの突撃からワンテンポ遅れて襲撃を仕掛け、イービルたちを混乱と畏怖の渦に巻き込む作戦に出たのだ。
(この混乱を長引かせ、誰かに攻撃が集中しないようにしなければ……!)
アストラムは所持している大剣を大きく振り回し、イービルを払い上げてはそのまま地面に叩き付ける。
「イービルよ、神の御意向だ……その御許に送ってやる! 懺悔せよ!」
これには知能の低いイービルたちも本能的に生命の危機を感じ、恐怖心を抱いた。
ヴァルターとアストラムによってイービルが両側面から囲い込まれるようになったのを確認すると、レイはアンと共に敵から距離を取り、威力が強すぎないよう力を調節した魔法攻撃で前衛の2人を援護する。
(畑を大火事にする訳にはいかねぇからな、火炎魔法は控えねぇと……)
村の今後を考えながら魔法を使うレイの背後に、混乱に乗じてイービルが迫る……が、
「にぃの背中は私が守ってやるです」
とアンが割り込んだ。
イービルは手持ちの武器でアンを横殴りにするが、アンは頑丈な体を活かしそれを両腕で受け止めて押し返し、
「チェックメイトなの」
とイービルの脳天に強烈な一撃を加える。
「アン、ありがとなー」
レイが背後のアンを労うと、アンはどこか得意げにこう返した。
「私は耐久性とこの頭脳が自慢なのです」
ヴァルターの方はアストラムとは対照的で、敵を一匹ずつ相手取るのではなく、両手剣の特性を生かし連続して振るう事で敵を蹴散らす。
それは、一人で戦う事の無謀さを知る彼だからこその戦い方でもあった。
「……嫌でも思い出しちゃうねー」
以前、賊に襲われ悲鳴と怒号が飛び交ったヴァルターの故郷は、彼の孤軍奮闘も虚しく壊滅していた。
今のこの状況は、彼に当時の辛い記憶を思い起こさせる。
(あの頃、僕は確かに強かった。強かったけど、弱かった……大切なものを全部自分で守れる程強くはなかった……甘かったんだよねー。でも、今は違うよー)
ヴァルターはチラリと敵拠点の後方で秘かに銃を構えているブリジットの方を見た。
「だから、同じ失敗はしないし……させないよー」
ヴァルターに蹴散らされ動きの鈍った敵は、一匹ずつ確実にブリジットの銃弾に撃ち抜かれていく。
独力で目先の全てを為そうとすれば隙が生じ、危険を引き寄せる。
大切なものを失わせない為に、仲間の力を借りて最終目的を果たす……それが今のヴァルターの戦法だった。
ただ、アストラムもヴァルターも大型の両手武器使用である。
いかに経験を積んだ猛者であったとしても、背後の防御はどうしても手薄になってしまう。
そして、数で有利なイービルがその隙を逃す筈もなく、2人の背後に数匹が狙いを定め襲い掛かった。
……のだが。
アストラムの死角から迫ったイービルが、彼の首を掻く前に頽れる。
空屋がイービルの背後に回り込み、不意打ちを食らわせたのだ。
統率が取れずとりあえず目に付いた手近な冒険者に襲い掛かろうとするイービルたちのせいで、現場は敵味方入り乱れての乱戦となり、そんな中でネモーもまた巧みに動き回り敵に攻撃を仕掛ける。
空屋は更にヴァルターの背後を狙うイービルにも秘かに接近し、その急所を突きながら、混乱に乗じて拠点内を物色した。
すると、倒壊した天幕の下から、総攻撃の為に用意しておいたらしき矢がまとまった数で出てきたではないか。
「出来れば弾丸型の魔力弾でも見つけたかったが、代わりにこれは使える……」
空屋は持てる限りの矢を抱え、闇に紛れつつ櫓に向かう。
同じ頃、ニーコフも櫓に到着していた。
彼女は櫓に上ると、小窓からそっと顔を出し静かに声を掛ける。
「ディナリウム軍から依頼を受けた冒険者です。皆さんを救出しに来ました……」
「ディナリウム軍? 冒険者……?」
夜を徹して気を張り詰めていた村人たちの顔は、皆一様に疲労感を色濃く滲ませていた。
それでも、その手に弦の切れかかった弓を握りしめ残り少ない矢を背負う者や、斧や鍬、鋤を手に最期の抵抗に備える者など、村人たちの戦意は鬼気迫るものだ。
ニーコフは村人たちと武器にまじないを掛ける。
(どうか、村人たちの命が守られますよう……どうか、勝利を手にするまで武器が壊れませんよう……)
そこに、小窓から突然新品同様の矢がドサッと櫓の中に放り込まれた。
空屋が敵から奪取した矢を村人に提供したのだ。
村人は急いで小窓に向かい、空屋に礼を言おうと彼を探すが、空屋は既に混戦極める敵拠点に戻っていった……そう、何よりも大切なスレイブのシロアと共に。
村人たちは気を取り直しニーコフの方を向く。
「……ありがとな。あんたたちが作ってくれた最後のチャンス、無駄にはしない!」
弓を使える村人は櫓の小窓の前に並び、農具を持つ村人は意を決して櫓を駆け下りた。
櫓を出た村人たちの姿を目にしたヴァルターは、
(おっと、人間より遥かに素早いイービルに特攻されたらひとたまりも無いからねー……僕らが細心の注意を払わないと)
と、surgeと共に彼らの元に駆け寄る。
(でも、村を守りたいっていう彼らの気持ちは大事にしてあげたいなー……)
「助けられるだけって、つまらないよね?」
ヴァルターが問い掛けると、村人たちはめいめい声を張り上げた。
「ああ、もっともだ。俺たちの性には合わねぇ!」
その士気の高さに、ヴァルターの口元が僅かに緩む。
「やっぱ自分の村は自分で守らなくちゃねー。だから……ここからは、共に戦って、共に勝とう!」
「おおおっ!」
ヴァルターの言葉に村人たちは雄叫びを上げた。
「残った敵をこれから囲い込む! 合図が出たら一斉に射出してくれ! くれぐれも遠方の藪には矢を飛ばさないように!」
まだ戦える村人たちの参戦を知ったアストラムは、村人たちが誤って遠距離攻撃担当のブリジットとレイを射る事の無いよう、櫓で弓を構える村人たちに大声で指示を出す。
ヴァルターやsurge、地上の村人たちの元にニーコフも合流し、援護に入った。
しかし、果敢にイービルに挑む村人たちだったが、どうしても身体能力の差には勝てない。
ニーコフは、自身から離れた位置で敵の体当たりを食らい倒れた所にとどめを刺されそうになった村人を見つけると、所持している片手槍をイービルに投擲、イービルがそれに対処している間にダッシュで突撃して村人を守った。
彼女のスレイブであるロレイナも、ニーコフに危険が及ばないよう支援を続ける。
surgeもまた仲間や村人たちと共に全力で戦闘を続けた。
そうして、冒険者たちと勇敢な村人たちによって囲い込まれるような形で、イービルは徐々にその数を減らしていく。
◆終◆
追い詰められたイービル共は、互いの背中を合わせるようにして密集し始める。
「今だ!」
アストラムが大剣を天空に鋭く掲げて叫ぶと、ヴァルターや突撃していた村人たちは息を合わせ一気に後退した。
その直後、空屋が手に入れ村人に託した矢が、櫓に残る弓部隊から地上のイービルに向け一斉射出される。
運良く矢を逃れたイービルも、その間を縫うようにして藪の中から飛び出してくる魔力弾に捕らえられた。
ブリジットが狙撃によって仕留めているのだ。
矢と弾丸の雨霰が戦場に打ち付けられ、戦局は一気に冒険者側に有利に傾いた。
しかし……。
「これからという時に……っ!」
ブリジットは予備弾丸まで使い果たし、ここに来て弾切れとなってしまった。
いくら夜目が利き狙撃の鍛錬を積んでいても、人間を遥かに凌ぐスピードで動き回るイービルを闇夜の中で確実に倒すのはやはり簡単ではなかったようだ。
「なぁに、心配すんな!」
仲間たちの後方支援をしていたレイはブリジットに力強く声を掛け、敵の反撃を回避しながら魔導書を開く。
(数が激減して攻撃パターンも単調になってきたからな、これなら回避も簡単だぜ)
レイは雷系魔法の呪文を詠唱すると他の仲間たちにも指示を出した。
「一気に叩くぜ! もっと離れろ!」
そして、イービルたち目がけ、残りの魔力を注ぎ込んだ渾身の一手を叩き込んだ。
「チェックメイトだぜ!」
イービルたちは激烈な魔力の稲妻を浴び、ほぼ壊滅状態となる。
「何だ、物足りねぇなぁ」
……この戦いの軍配がどちらに上がったかは、明白だった。
◆結◆
冒険者や村人たちの猛攻を辛くも逃れたイービルが2、3匹藪の中に散り散りに逃げ込む。
乱戦の中にいた空屋だったが、それを見逃しはしなかった。
彼は逃走するイービルの背後に音も無く迫り、その背中に剣を突き立てる。
同様に、別方向に逃走したイービルは、ネモーの手によって打倒された。
これでようやく敵は全滅、村人たちは勝ち鬨を上げ、大粒の涙を零す。
戦いには勝った。
村は守る事が出来た。
だが、払った犠牲は大きく、失った命は戻ってはこない……。
零された涙は、それを物語っていた。
それでも村人たちは、冒険者たちに深々と頭を下げる。
「あんたたちのお陰だ……どれだけ礼を言っても足りん。本当に、本当にありがとう……!」
アストラムはそんな村人たちの肩を優しく持ち上げ、垂れた頭を上げさせると、
「『神の思し召し』があったのだろう」
と静かに微笑んだ。
「お前さん、もしやブリジットかい……?」
櫓の中で弓部隊の援護をしていた女性の村人がブリジットを見かけ、そう呼び止めた。
村人は、ブリジットより少し年上のようだ。
「私の事を覚えているのですか?」
「ええ……昔、お前さんの母親に面倒を見て貰った事があってね。お前さんはまだ幼かったから私の事は覚えてないだろう。前の襲撃で、私の家族はみんな死んでしまった。幸い生き残った叔父にここで育てて貰ったけれど、メチャクチャになった村の中ではお前さんの生死を確かめられなかった。生きてたんだね……そして、こうして村を救いに来てくれたんだね……ありがとう、本当にありがとう」
心から感謝を述べる女性だったが、その表情は冴えない。
彼女は周囲に無残に転がる村人たちの遺体を眺めながら、呟くようにか細く言う。
「大事な人たちをまたこんなにも失う事になるなんてね……ちゃんと弔って、また一から復興させないと……」
前の襲撃から今回に至るまでの間、生き残った村人たちがどんな思いで村を立て直してきたか……それを思うと、ブリジットの胸は締めつけられた。
「……私にも、手伝わせて下さい。亡き者たちの弔いと、この村の復興を」
「ブリジット……そうかい、その気持ち有り難く受け取るよ。でも、今はまず家に帰って無事を報告しておいで。お前さんがこうして息災だって事は、育ててくれた人がいるんだろう? その人をちゃんと安心させておやり」
そこまで言って、女性とブリジット2人の顔にやっと小さな笑みが浮かぶ。
「分かりました。落ち着いたら必ず手伝いに来ます。その時も……」
ブリジットは共に戦った冒険者たちに温かな眼差しを向けた。
「冒険者の方々に声を掛けようかしら」
村を囲む山の際が白み、差し込み始めた朝日が激闘を制した冒険者たちを照らした瞬間、最後に残っていた小さな歪みがすーっと消えていった。
「ねぇルミ、村が滅びなくて、ほんと良かったねー……」
朝日を見つめながらしみじみと呟くヴァルターの隣で、彼のスレイブであるルミが微笑む。
何かの戒めのように『ルミ』と呼ばれる度に胸を痛めていた頃もあったが、今のヴァルターは達成感に満ちた表情でその名を呼んだ。
それが、ルミには嬉しかった。
「神の加護に感謝を……」
清く輝く朝日を受け、アストラムは戦いの勝利を神に報告し、その加護に感謝する。
その傍らには、彼の無事に安堵するスレイブのレストリアがいた。
小さな歪みは消えたが、冒険者たちの胸の中には確かな充実感と達成感が満ちていくのであった……。
依頼結果
大成功
|
依頼相談掲示板
【創造の光】託された存亡 依頼相談掲示板 ( 11 ) | ||
---|---|---|
[ 11 ] アストラム・ジュノー
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-03 05:36:58
|
||
[ 10 ] レイ・ヘルメス
ドワーフ / メイジ
2017-07-02 16:49:09
|
||
[ 9 ] レイ・ヘルメス
ドワーフ / メイジ
2017-07-02 11:43:00
|
||
[ 8 ] アストラム・ジュノー
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-02 04:10:59
|
||
[ 7 ] ヴァルター・フェルト
ドワーフ / ウォーリア
2017-07-01 15:00:09
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[ 6 ] レイ・ヘルメス
ドワーフ / メイジ
2017-07-01 10:13:16
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[ 5 ] ヴァルター・フェルト
ドワーフ / ウォーリア
2017-06-30 00:18:40
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[ 4 ] レイ・ヘルメス
ドワーフ / メイジ
2017-06-28 23:18:11
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[ 3 ] レイ・ヘルメス
ドワーフ / メイジ
2017-06-28 23:14:20
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[ 2 ] No.2152
ドワーフ / シャーマン
2017-06-27 20:32:51
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[ 1 ] ヴァルター・フェルト
ドワーフ / ウォーリア
2017-06-26 01:36:56
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