「お願い、ピートを助けて!」
――そう探求者に懇願するのは、長距離転移門を見学していた少女フレドリカだった。両親と共に救助されたのだが、飼い猫のピートはまだ会場に残されているという。
「ピートがいなくなったら、私……」
涙ぐむフレドリカ。捜索隊は人の救助で手一杯、それなら自分がと言えば止められて、途方に暮れるフレドリカの前に現れたのが、調査へ向かおうとしていた探求者だった。
「場所は分かってるの! だって……だってあれは、私の家の扉だもの!」
――フレドリカに教わった場所で探求者を待っていたのは『扉』だった。それ以外には何もなく、足下に猫の出入り口がついた扉だけが、そこに直立している。
フレドリカによると、その扉は混乱の最中、突如として現れたのだという。ピートは躊躇うことなく、扉の奥へと姿を消した……家でいつもそうしているように。
探求者が扉を開けると、別世界が広がっていた。暖かな差しと、爽やかな風。見渡す限りの草原で寝そべってるのは、猫、猫、猫……それはもう、猫だらけだった。
この場所は一体? それに、この猫達は……? 扉の奥へと足を踏み入れた探求者は、寝息を立てる猫の傍に脱ぎ捨てられた衣服へ目を向ける……欠伸を堪えながら。
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このエピソードはグランドプロローグ「創造の日」の連動エピソードです。
イベントで起きた様々な大事件の陰で、隠された物語をエピソードにしています。
歴史の狭間、真実の隙間を埋める物語へ参加してみてください。
なお「創造の日」にて選んだ選択肢と関係ないお話でも参加可能です。
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フレドリカの飼い猫であるピートを探し出すのが目的です。
扉の奥はポカポカ陽気で、お昼寝をするにはもってこいですが、それは猫に限って言えることではなく、人間だって同じこと……そう、本エピソードの敵は『睡魔』です。
敗北者の末路はそこら中で見かけることができます。三毛、茶トラ、ヒョウ柄……その姿は様々ですが、その寝顔は一様に幸せそうです。
襲い来る睡魔に打ち勝ちことができれば、ピートもきっと見つかるはずです。
○眠気対策
扉とその広がる世界は空間の歪みによって現れたもので、ここでは強く願ったものが形をなします。それはもちろん仮初めのものですが、この世界では効果がありますので、睡魔に抗う方法を自由に考えてください。(ただし、『幻カタ』の世界観から余りにもかけ離れた方法では、効果が発揮されない可能性があります)
睡魔の発生源はピートであり、近づけば近づくほど眠気が強くなります。そのため、その強力な睡魔に打ち勝つためには、それ相応の対策が必要となるでしょう。
また、睡魔に負けたとしても、誰か一人でもピートのもとへ辿り着けばクリアとなります。(全員が眠ってしまったら……それはそれで、幸せな結末かも知れません)
○ピートについて
今年で九歳になるオスの黒猫で、同じく九歳のフレドリカが両手で何とか抱え上げられるぐらいの大きさをしています。子猫の頃から、仰向けで寝る癖があるようです。
チーズが大好物で、どんなに熟睡していても、鼻先に近づけると目を覚まします。なお、塩分を取り過ぎないようにと、チーズはたまのご馳走として与えられています。
この世界で最大の敵は『睡魔』なのではないかと思う今日この頃。
最初のエピソードながら、皆さんにはこの最大の敵に挑んで頂きます!
ご自身がいつもやっている方法はもちろん、これだったら眠気が吹き飛ぶこと間違いなしという方法を、ぜひこのエピソードでお試し下さい!
……というわけで、新人GMの埴輪と申します!
皆さんが『幻カタ』の世界を存分に楽しめるように尽力して参りますので、今後ともよろしくお願い致します!
【創造の光・歪】猫への扉 エピソード情報 | |||||
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担当 | 埴輪 GM | 相談期間 | 8 日 | ||
ジャンル | --- | タイプ | EX | 出発日 | 2017/7/11 |
難易度 | 普通 | 報酬 | 通常 | 公開日 | 2017/7/21 |
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参加者一覧
ステファニー( クラリス ) | |
デモニック | メイジ | 20 歳 | 女性 |
フィクサー( グランダ ) | |
ヒューマン | クレリック | 18 歳 | 男性 |
アニャンハル( ヒイラギ ) | |
ケモモ | メイド | 18 歳 | 女性 |
フランベルジュ( スティレット ) | |
ヒューマン | ウォーリア | 15 歳 | 女性 |
コトト・スターチス( リテラチャー ) | |
ヒューマン | クレリック | 7 歳 | 女性 |
火虎・ギフトナール( ティザンヌ・ベルベリィ ) | |
コロポックル | バード | 12 歳 | 男性 |
スターリー( アインス ) | |
デモニック | メイジ | 7 歳 | 女性 |
アンネッラ・エレーヒャ( トゥルー ) | |
エルフ | メイジ | 16 歳 | 女性 |
リザルト
――広々とした草原を見渡しながら、ヒューマンの『フランベルジュ』は子供の頃を思い出していた……と言っても、フランは十五歳の少女ある。赤髪のツインテールに赤いケープ。その隣に立つスレイブの『スティレット』は、フランを見詰めている。
「スティレットも、懐かしいよね?」
振り返った主人に、頷きを返すスティレット。(あぁ……今日もフランは可愛いなぁ)
草原ではなく、猫に目を向けているのはデモニックの女性『ステファニー』。草原には猫がいた。それも一匹や二匹ではなく、何十匹も……微笑ましくも、異様な光景。
ステファニーは腰を屈め、三毛猫を撫でた。よく寝ているようで、これならモフモフに顔を埋めても――視線を感じて振り返ると、スレイブの『クラリス』が立っている。
「……しないわよ。怖い顔で睨まないでクラリス」
ステファニーは膝を伸ばして立ち上がり、欠伸を一つ。
「この服、なんだろー?」
小首を傾げるデモニックの『スターリー』は、フランよりも幼い七歳の女の子だが、正式な冒険者であり、メイジ……もとい、魔法少女だった。
脱ぎ散らかされた服は、猫たちの寝床になっていた。周囲に剣や杖が転がっていることから、冒険者のものであることが窺えるが……。
スターリーは服から猫に目を移す。(ま、いっか。目的は『ピート』君だもんね)
――そう、ここにいる八名の冒険者は、少女『フレドリカ』の依頼を受け、飼い猫のピートを探しにやってきたのだ。世紀の大実験が一転、悪夢のような混乱の渦中にあって、それは呑気とも言える依頼だったが、それでも立ち上がるのが冒険者である。
エルフの女性『アンネッラ・エレーヒヤ』は、物憂げな表情で思考を巡らせ、ケモモの女性『アニャンハル』は妖艶な笑みを湛え、コロポックルの少年『火虎・ギフトナール』は、スレイブの『ティザンヌ・ベルベリィ』と陽気な音楽を奏でている。
そんな冒険者達を見渡すのは、ヒューマンの男性『フィクサー』だ。ふくよかな体型は、十八歳という年齢以上の貫禄がある。冒険者に女子供が多いと知り、自分がリーダーシップを発揮すべきだと思いながらも、対人関係はあまり得意ではないフィクサーは、きっかけを求めて視線を巡らせ……一人の少女に目を留めた。
ヒューマンの『コトト・スターチス』。スターリーと同い年だが、笑顔がより幼さを強調している。猫好きのコトトにとって、ここは天国だった。
(あああ、ねこかわいいー、なでたいー、いっしょにねむりたいにゃぁー)――コトトはとっても眠かった。だから、ちょっとだけと、ぶち猫の隣で横になる。
「お嬢様、後で猫喫茶に連れて行きますから、今は我慢ください」
スレイブの『リテラチャー』が、コトトを揺さぶる。だが、いつもは素直に従うコトトも、この時ばかりは睡魔の誘惑に抗うことができなかった。
「――お、お嬢様っ!?」
リテラチャーの声が上擦る。それを聞きつけ、冒険者が何事かと集まってくる。問題にいち早く気付いたのは、コトトの友達でもあるフランだった。
「こ、コトトちゃんっ! 耳っ!」
コトトは夢見心地のまま、耳に手を伸ばした。(……ぼくの耳、モフモフだにゃぁ)
「眠っちゃだめーっ!」
魔法少女の勘か、スターリーが声を上げた。火虎がリュートを掻き鳴らし、大声を上げる。「起きろ-っ!」――コトトの目が開いた。塞いだ耳はムニムニで……首を傾げるコトトを、フランが気遣う。
「コトトちゃん、大丈夫?」
「うん……ぼく、どうかした?」
顔を見合わせる冒険者達……やがて、アンネッラが口を開いた。
「お耳に毛が生えてましたわ。それに、お体も小さくなって――」
「眠ったら、猫になっちゃうみたいだねー」
とんでもないことを口にするスターリー。だが、コトトに起きた変化を目の当たりにした冒険者達は、それを否定することはできなかった。
「……今、眠気がある人は正直に手を挙げてくれないか?」
フィクサーが切り出すと、その場にいる全員の手が上がった……スレイブも全員。
「なるほどー。眠くなる力も働いてるんだねー……ふあぁ」
大きな欠伸をするスターリー。空色の瞳がとろんとしている。
「ということは、この猫ちゃんも?」
ステファニーが足下の猫を撫でているのを見て、アニャンハルが口を開く。
「元、冒険者ですね……」
黙り込む冒険者達。その間にも、眠気がどんどん――。
「そうだ! お婆ちゃんからの差し入があります!」
フランはクーラーボックスからスノーフォレストの天然水(500ml)と濡れタオルを取り出し、冒険者達に配布。冷たい刺激が眠気を遠ざける。冒険者達が活気を取り戻す中、フィクサーはタオルから顔を上げ、水をごくりと飲んでから、口を開いた。
「状況を整理しよう。俺達の目的は、ピートをフレドリカのもとへ連れ帰ることだ。ピートは扉の奥に姿を消した。扉の奥は草原で、睡魔に負けると猫になる。そして扉は……」 フィクサーは振り返る。「……消えてしまった。退路はない、ということだ」
「じゃ、じゃあさ、どうするんだよ?」
火虎が声を上げると、フィクサーは前に向き直った。
「無論、ピートを探すさ。そのために、君もここにいるんだろう?」
「そりゃそうだけど、ピートを見つけたとして、ここから出られる保証は――」
「扉」
呟きに注目が集まり、アンネッラは慌てながら先を続ける。
「あ、あの、フレドリカちゃんが言ってましたわよね? 私の家の扉だって」
「……ああ。そこにピートが入っていたんだ、偶然ではないだろう」
フィクサーが肯く一方、火虎は草原を見渡す。
「この草原もピートの仕業ってことか? ちょっと、信じられないけどさ」
「外でも信じられないことが起こってますよ……」
アニャンハルの言葉に、火虎はぐうの音も出ない。
「ピート君をさがそー。フレドリカお姉ちゃんの頼み、聞くしかないでしょ」
スターリーが声を上げ、フィクサーは「そうだな」と肯いた。
「ただ、この眠気もどうにかしないと。捜索中に眠り込んだら……猫になる」
「あの、クレリックの力でどうにかならないかしら?」
アンネッラがおずおずと提案。クレリックのフィクサーは、同じくクレリックのコトトに顔を向ける。コトトは首を振り、フィクサーは頷きを返した。
「回復を促すために、眠りを深くすることなら……ああ、この空間が魔術によるものだとすれば、メイジの力の方が有効なんじゃないか?」
「それは……」
メイジのアンネッラは、同じくメイジのステファニーとスターリーに顔を向ける。
「既知の、それに人の術式なら……でも、猫はお手上げね」と、ステファニー。
「魔法少女でも難しいねー。だけど、他の方法ならあるよー」と、スターリー。
――冒険者達の視線がスターリーに集まる。スターリーは得意気に両手を差し出した。そこには一抱えもある大きなボウルがあり、水がなみなみと注がれている。
「ボウルに入れた冷たい水をどばーっと――」
「それ、どこから?」
不思議そうに目を丸くするアンネッラ。スターリーは「え?」と手元に目を向け、慌てて手を離した。ボウルは地面に落ち、零れた水が土の中へと消えていく。
「……わたし、こんのがあったらなーって、思っただけなんだけどなー?」
戸惑いを隠せないスターリーを横目に、火虎はパチンと指を鳴らした。
「そうか、ここでは思ったことが実現するのかもしれないぜ? それなら……うーん……ピートよ……俺達の前に、さぁ、出てこーい!」
――火虎の声が草原に響き渡る。だが、ピートが現れることはなかった。
「あれ? そうだと思ったんだけどなぁ……」
火虎がぶつぶつと呟く一方で、目を閉じて何かを念じているのはコトトだった。眠ってしまわないよう、リテラチャーに眠気覚ましのツボ……親指と人差し指のまたの間にある……を押してもらいながら。
コトトが目を開くと、丸いテーブルの上に、ティーポットとカップが並んでいた。ポットの脇には、小瓶とハンカチも……コトトは微笑み、冒険者達をティータイムへご招待。
コトトが念じ、その場に現れたのは、ペパーミントのハーブティーだった。小瓶の中にはローズマリーとレモン、ペパーミントが調合された精油が入っている。
冒険者達は興味津々、かつ恐る恐るカップに口をつけたが、その爽やかな風味で眠気が覚めていくのを実感し、安心して飲み続けるのだった。
「不思議ではあるが、ありがたい。ただ、これを飲みながらというわけにも……」
フィクサーの呟きを耳にしたコトトは、香油を染み込ませたハンカチを差し出す。それを受け取ったフィクサーは、それに鼻を近づけ……目を瞬かせた。
「……こいつは効くな。それに、移動中でも使える」
「あとは、ぼくが本で読んだ眠気に効くツボを――」
「よ~し! こいつは凄いぞ!」
火虎の声に冒険者達が何だと思う前に、大音量が響き渡った。火虎が抱えているのは巨大なリュート。小さな体には不相応だが、本人はとても満足そうだ。
「俺がこいつを掻き鳴らせば、そう簡単には眠れないぜ!」
フィクサーは耳から手を離し、火虎に向かって肯いて見せた。
「よし、これだけ準備をすれば――」
「お待ちください!」
声を上げたのは、アンネッラだった。その手には、洗濯ばさみが握られている。
「これで顔を挟めば、痛みで目が覚めること請け合いですわ!」
自信満々なアンネッラとは対照的に、冒険者達の反応は今ひとつ。アンネッラは振り返ると、目を閉じた。(それなら、とっておきを見せてあげますわ!)
――やがて振り返ったアンネッラの手には、トゲだらけの果実があった。それは何かと誰かが尋ねるよりも早く、周囲に腐敗臭が立ちこめ、冒険者達はコトトに配られたばかりのハンカチを鼻に当てた。
「そ、それ、何ですか?」と、フラン。
「果物の王様、ドリアンですわ! この臭いなら、眠気なんて……」
そう語るアンネッラの顔が歪んでいるのも、タマネギが腐ったかのような悪臭のせいである。それでも胸を張るアンネッラも、冒険者達の表情を見てはっとし、回れ右をして走り出した。
「ごめんなさーい!」
「あ、おい!」
フィクサーは手を伸ばしたが、アンネッラの背中はどんどん遠ざかっていく。
「私が追います……」
アンネッラを追走するアニャンハル。二人の姿が小さくなると、残された冒険者達はアンネッラを心配する一方、臭いの元が消えたことに安堵するのだった。
――ややあって、フィクサーは咳払いを一つ。手にした方位磁石と、アンネッラ達が走り去っていった方角を見比べる。
「とにかく、ピートを探そう。スレイブも眠そうだから、主人が二人一組で行動した方が安全だろう。アンネッラとアニャンハルは、西へ向かったから――」
「私とコトトちゃんは、南に行こっか!」と、フラン。
「じゃあ、私は魔法少女ちゃんと北に行こうかしら」と、ステファニー。
「俺とフィクサーは東だな! 俺の演奏を間近で聴けるなんて、ラッキーだぜ!」
火虎に背中を叩かれ、苦笑いを浮かべるフィクサー。
「俺には耳栓も必要だな……と、本当に出てくるんだな。それなら……」
フィクサーが強く念じると、両手には耳栓に続いて筒状のものが三本。そして、マッチ箱が三つ現れた。火虎は筒状のものを取り上げる。
「これ、何だ?」
「発煙筒だ。ピートを見つけたり、何かあったらこれに火を付けて知らせてくれ。先に行った二人も察してくれればいいんだが……」
「大丈夫だって! いざとなれば、俺が大声で呼んでやるよ!」
「ああ、頼りにしている。よし、捜索開始だ。くれぐれも気をつけてな」
フィクサーの号令に、冒険者達は一様に肯いた。
――アンネッラはスレイブの『トゥルー』を引き連れ、とぼとぼと歩いていた。手にしたドリアンは相変わらずの悪臭だが、アンネッラの嗅覚はとっくに麻痺している。
人と仲良くしたいと考えているが、どう仲良くなればいいのか分からない。良かれと思ったことが、裏目に出ることもしばしば……その原因の多くは、自身の暴走にあった。
アンネッラが振り返ると、アニャンハルとそのスレイブ『ヒイラギ』の姿が。わざわざ追い掛けてきてくれたのだ。……嬉しい。でも、その思いは伝えられずにいた。
自分と同じ白い髪。でも、その大きな胸は……と、アニャンハルは立ち止まって大きな欠伸をし、包帯が巻かれた右腕に向かって、ナイフを――。
「な、何をなさってるの!?」
「刺して眠気を――」
「おやめなさい! ……私が、眠気を覚ましてあげますわ!」
アンネッラはドリアンを地面に置き、アニャンハルの頬を洗濯ばさみで挟む……効果なし。別の方法を‥…と考えたアンネッラの手に現れたのは、鈴とタンバリだった。アンネッラはシャンシャン、タンタンと、一心不乱にリズムを刻む。シャンシャン、タンタン、シャン、タンタン。
――ドサッ。はっとして目を開けたアニャンハルの足下には、衣服に抱かれ眠っている白猫と黒猫……そして、鈴、タンバリン、ドリアンがあった。
――コツン。頭に感じた痛みに、ステファニーは目を開いた。振り返ると、スリングショットを構えたスターリーの姿が見える。十メートルは離れているのに、大した精度だ。
ステファニーは正面に向き直り、望遠鏡を構える。仰向けで寝ている黒猫……ピートに違いない。あとは近づくだけだが、それが難しいことを、ステファニーは身を以て味わっていた。ハンカチを鼻に当て、隣に立つクラリスに目を向ける。
「……クラリス……すごく……顔……怖いわよ……」
――眠気は北に向かうほど、強まっていった。そこでステファニーはスターリーを待機させ、クラリスと平手で叩き合いながら北へ向かい、ピートを発見したのである。一方のスターリーも勘付き、念じてスリングショットとクルミの実を出現させ、ステファニーを遠方から援護していたのだが………。
ステファニーは大きく息を吸い込み、振り返って叫んだ。
「ピートはこの先よ! だけど、近づくと眠気が……ねむけ……が……」
「ステファニーお姉ちゃん!」
スターリーの声が遠くから聞こえたが、それに応じるだけの力が、ステファニーには残されていなかった。ふらふらになりながら、クラリスに顔を向ける。
「もうダメ……私に構わず…って、訳にはいかないか……」
主人とスレイブは一心同体。屋外では十メートルも離れることができない。離れてしまったら寝てしまう……それならばと、ステファニーはクラリスを抱き寄せた。(ん~~♪ 抱き心地最高~~~♪)
「……ピートだ、間違いない」
フィクサーは望遠鏡でそれを確認。距離にして五十メートルほど先。それに……フィクサーはそのずっと手前、十メートルほど先にもう一匹の黒猫と、赤毛の猫が仲良く抱き合って眠っている姿を、確認せずにはいられなかった。
スターリーが炊いた発煙筒のもとに集まったのは、フラン、コトト、火虎、アニャンハル、フィクサーと、そのスレイブ達である。
フィクサーは打開策を考えようとするが、睡魔と戦いながらのそれは困難を極めた。ハンカチに染み込ませた香油も、火虎の特大リュートの旋律も効果が薄く……いや、眠気がそれだけ増していると考えるべきだろう。もはや、一刻の猶予もなさそうだった。
――そんな中、二人の少女が頷き合う姿を見て、フィクサーは声を上げる。
「スターリー、コトト、何をするつもりだ?」
二人は作戦の内容を説明……だが、それは特攻の宣言だった。コトトがピートの前まで走り込み、その鼻先に大好物のチーズを置く。その途中でコトトが眠りそうになったら、スターリーがスリングショットでクルミをぶつける……以上、終わり。
「ピート君を起こせば、何かが起こると思うんだよねー」と、スターリー。
「熟睡していても、チーズの匂いで目を覚ますみたいですし!」と、コトト。
「そうかもしれないが……危険すぎる」
フィクサーの言葉に、フランも肯いた。だが、二人の決意は変わらない。
「このままだと、みんな眠っちゃいそうだしねー」と、スターリー。
「危険は覚悟の上です! ぼく達は冒険者なんですから!」と、コトト。
そこまで言われては、引き止めることは――同じ冒険者として――できなかった。コトトは準備体操を始め、リテラチャーがそれをじっと見守る。
「行きます!」
コトトは遠くの黒点……ピートを目がけて走り出した。リテラチャーも後に続く。あっという間に十メートル、睦み合う二匹の猫の脇を通り過ぎ、二十メートル、三十メートル……そこで、コトトは急ブレーキ。倒れそうになる体を、リテラチャーが支える。それを見て、スターリーがスリングショットを構える。放たれたクルミはコトトへ一直線、命中する直前、リテラチャーの手ではたき落とされた。当たったらさぞ痛いだろう……そう思った瞬間、体が勝手に動いてしまったのだ。コトトはそんなリテラチャーに笑顔で頷き、眠りに落ちていった。リテラチャーも後に続く。
――スターリーが走り出した。手にしているのは、スリングショットと丸めたチーズ。これをピートにぶつけるか、鼻先に届けることができれば、全て解決するはずだ。(魔法少女ならぬ、物理少女的な解決だけど!)
ここが限界……立ち止まったスターリーは、半目でスリングショットを構え、ピートに向かってチーズを放つ。その直後、倒れるスターリーをスレイブの『アインス』が受け止める。二人はその結果を見届けることなく、眠りに落ちていくのだった。
チーズはピートの一メートルほど手前に落ち、ピートの鼻先はぴくぴくと動いたが……そこまでだった。
「コトトちゃん、スターリーちゃん……」
フランの呟きに、フィクサーは歯噛みした。次の一手を考えなければならない。それが残されたものの役目だ。だが、どうすれば……フィクサーは天を仰ぐ。
――忌々しいほどに晴れ渡った青空。はっとしてフィクサーは叫んだ。
「空だ!」
「……空って、羽でも生やすのか?」
火虎が眠そうな声で応じる。フィクサーは冒険者達を見渡した。
「飛空艇だ。念じて飛空挺を出して、空から近づくんだ」
「私、飛空挺に乗ったことがなくて……」と、フラン。
「流石に、そんな大きいのは難しいじゃないか?」と、火虎。
「一人では無理かも知れませんね……」と、アニャンハル。
「……駄目で元々だ。皆で念じてみよう、天駆ける飛空挺の姿を!」
フィクサーの号令に応じて、冒険者達は目を閉じた。この眠気の中で目を閉じるの危険だったが、その眠気が常識の鎖を解き放っていく。どこまでも、自由に。
――冒険者達が苦労して目を明けると、見上げるほど大きな飛空挺……もとい、猫が行儀良く座っていた。その体は金属の光沢を放ち、頭や手足、尻尾には多数のプロペラがついていて、体の脇には背中へと登るための梯子が据えられていた。
「……これ、飛ぶのか?」と、火虎。
「乗ってみましょう……」
アニャンハルが梯子を昇るのを見て、冒険者達とスレイブがそれに続く。猫の背中は甲板になっており、フィクサーは操縦席だと思われる一画に向かう。フィクサーも、そのスレイブである『グランダ』も飛空艇を操縦する方法は知らなかったが、設えられた舵輪を手にフィクサーが念じると、プロペラが勢いよく回り出し……猫は浮かび上がった。
「うお! マジで飛んだぜ!」と、火虎。
「凄い! ほら、スティレット! 見て見て!」と、フラン。
眠気を忘れて、大はしゃぎの二人。猫は五十メートルほど上昇して止まった。フィクサーがそう念じたわけではなく、これが高度の限界のようである。
問題はここからだ……フィクサーは前進を念じ、猫はゆっくりと動きだす。十メートル、二十メートル、そして三十メートルを超えても、眠気が急激に強まることはなかった。
「……フラン、ピートの真上まで来たら教えてくれ」
フィクサーの指示を受けて、フランが望遠鏡でピートの位置を確認。「今です!」と声が上がり、猫は動きを止めた。
「あとは地上に降りればオッケーだな!」
元気を取り戻した火虎に、フィクサーは首を振って見せる。
「睡魔の力が、この高度まで届いていないとだけだという可能性が――」
「それなら、釣り竿でチーズを垂らしてみようぜ!」
言うが早いか、釣り竿を手にした火虎は、チーズを結びつけた糸をピートに向かって垂らしてみたのだが……プロペラの風に煽られるばかりだった。
「……こうなったらさ、覚悟を決めるしかないんじゃないか?」
火虎の言葉に、冒険者達はしっかりと頷き合うのだった。
――下降開始。十メートル、二十メートル、三十メートル……変化は突然かつ強烈だった。フィクサーとグランダは抗う間もなく崩れ落ち、猫になる。その一方で……。
「元気ですかー! だよ!」
火虎の頬に平手打ち決めたティザンヌの体がぐらりと揺れ、その手からマイクが滑り落ちた。火虎は頬を擦りながらマイクを拾い上げ、絶叫する。
「元気ですかァアー!」
火虎はティザンヌをリュートでゴチン。意識を取り戻したティザンヌは、火虎に向かって飛びかかり、二人は甲板の上で取っ組み合いを演じていたが、その姿がみるみる縮んでいき……二匹の猫に変わった。
「フラン! 猫になっちゃ駄目だよ! 猫になっちゃ――」
スティレットに抱かれながら、フランは赤毛の猫に姿を変えた。(あぁ……フランは猫になっても可愛いなぁ)……そして、スティレットは黒猫に変わる。
冒険者達が次々と睡魔の手に落ちる中、アニャンハルとヒイラギは甲板の縁に立っていた。アニャンハルが空中に身を躍らせると、ヒイラギもそれに続く。
――ボン。パラシュートが開き、アニャンハルは減速しながら地上へ……耐えがたい眠気。アニャンハルは右腕……ドリアンの果実を塗り込めた包帯に鼻を近づけた。アニャンハルは目を見開くと同時に着地。仰向けで寝ているピートの鼻先に、チーズを近づける。
――目覚めたフランが目にしたのは、思い思いの格好で寝息を立てている、大勢の冒険者達の姿だった。その中心には扉があったが、徐々に透き通っていき……消滅。
扉があった場所では、ピートが気持ちよさそうに眠っていた。その傍らには、食べ残されたチーズが少々……腹がくちくなり、お昼寝を再開したに違いない。
フランはくすりと笑い、スティレットを始め、ピートを探すために奮闘した仲間達の寝顔を見渡しながら、大きな欠伸を一つ。(フレドリカちゃん、ごめんね。もうちょっとだけ……)フランは心の中でそう呟くと、目を閉じて夢の中へ旅立った。
依頼結果
成功
|
依頼相談掲示板
【創造の光・歪】猫への扉 依頼相談掲示板 ( 44 ) | ||
---|---|---|
[ 44 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-16 22:01:52
|
||
[ 43 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-13 23:08:23
|
||
[ 42 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-12 20:02:49
|
||
[ 41 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-12 20:01:30
|
||
[ 40 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-12 16:15:27
|
||
[ 39 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-12 15:33:05
|
||
[ 38 ] フランベルジュ
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-12 10:29:15
|
||
[ 37 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-12 00:00:14
|
||
[ 36 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-11 22:48:44
|
||
[ 35 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-11 22:31:34
|
||
[ 34 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-11 20:04:26
|
||
[ 33 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-11 20:02:58
|
||
[ 32 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-11 19:38:11
|
||
[ 31 ] コトト・スターチス
ヒューマン / クレリック
2017-07-10 21:40:04
|
||
[ 30 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-10 20:27:59
|
||
[ 29 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-09 23:00:19
|
||
[ 28 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-09 22:57:25
|
||
[ 27 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-09 21:45:00
|
||
[ 26 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-09 21:42:30
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[ 25 ] フランベルジュ
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-09 19:39:33
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[ 24 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-09 19:25:04
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[ 23 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-09 19:24:02
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[ 22 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-09 19:23:05
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[ 21 ] スターリー
デモニック / メイジ
2017-07-09 19:19:24
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[ 20 ] フランベルジュ
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-09 19:18:51
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[ 19 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-09 17:47:47
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[ 18 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-09 17:45:10
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[ 17 ] フランベルジュ
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-09 17:18:24
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[ 16 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-09 16:38:25
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[ 15 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-09 16:34:07
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[ 14 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-08 21:12:19
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[ 13 ] フィクサー
ヒューマン / クレリック
2017-07-08 21:06:36
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[ 12 ] スターリー
デモニック / メイジ
2017-07-08 00:29:13
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[ 11 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-07 19:26:17
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[ 10 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-07 19:24:39
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[ 9 ] 火虎・ギフトナール
コロポックル / バード
2017-07-07 14:25:18
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[ 8 ] スターリー
デモニック / メイジ
2017-07-07 00:49:19
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[ 7 ] フランベルジュ
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-05 16:41:09
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[ 6 ] ステファニー
デモニック / メイジ
2017-07-05 01:26:35
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[ 5 ] フランベルジュ
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-04 23:16:26
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[ 4 ] アンネッラ・エレーヒャ
エルフ / メイジ
2017-07-04 23:01:18
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[ 3 ] コトト・スターチス
ヒューマン / クレリック
2017-07-04 22:56:16
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[ 2 ] フランベルジュ
ヒューマン / ウォーリア
2017-07-04 22:46:15
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[ 1 ] スターリー
デモニック / メイジ
2017-07-04 22:33:59
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